2025年10月、プノンペン郊外にジャパンハートの新しい小児専門病院が開院します。より先進的な医療を届ける新たな拠点の誕生は、ジャパンハートにとって大きな節目となるものです。その一方で、現病院の役割が終わるわけではありません。出張診療や地域に根ざした医療活動の中心として、今後も大切な役割を担っていきます。その現場をこれまで第一線で支えてきたのが、外科医ラタナ医師。新病院を前にした今、彼は現病院の未来をどう見据えているのでしょうか。
彼のこれまでの歩みや医師としての想いについては、以前のインタビュー記事で詳しくお話しいただきました。まだお読みでない方は、ぜひそちらからご覧ください。
▸ https://www.japanheart.org/reports/reports-cambodia/231122-3.html
新しい病院が開院しても、出張診療は続くのでしょうか?
現病院での出張診療は、これからも続けていきます。むしろ新病院がプノンペン郊外に建設されることで、その重要性はさらに増していくでしょう。カンボジアでは病院から遠く離れて暮らす人々が多く、小さな病院では十分な医療や手術を受けられないことも少なくありません。
だからこそ、出張診療を通じて地域の人々に医療や衛生の大切さを伝え、小さな病院を支えながら、質の高い医療を届けています。私自身は成人患者さんへの衛生支援も含め、現病院に残り、地域の人々のそばで医療を支える役割を担いたいと思っています。
出張診療や病院での手術で、特に印象に残っている患者さんはいますか?
頭部に大きな腫瘍を抱えた患者さんを担当した経験が、今も強く心に残っています。腫瘍は進行し、臭いを伴うほどの状態でした。出張診療で訪れたチャムカル病院で松永医師と共に手術を行い、その後は看護師が数週間にわたり創部のケアを続けました。最終的には縫合も無事に終わり、回復へと向かうことができました。
その方は母娘二人だけで暮らしており、生活も苦しい状況でした。娘さんはただ一人の家族であるお母さんを心から案じていて、腫瘍からの匂いが消えたときに涙を流して喜んでいた姿は、今でも忘れることができません。
この命が救われたのは、出張診療があったからこそだと感じています。
ジャパンハートで働く中で、大切にしていることについて教えてください。
これまで、たくさんの日本人専門医師から学び、挑戦を重ねることを大切にしてきました。最初は小さな手術しか任されませんでしたが、患者さんに真剣に向き合い、一つひとつ経験を重ねる中で、少しずつ大きな手術を任されるようになりました。今では甲状腺や形成外科の手術を担当し、腹腔鏡手術にも取り組んでいます。私はこの手術をさらに学び続けたいと思っていますし、今後は大腸がんの手術にも挑戦したいと考えています。
難しさや苦労を感じることはありますか?
複雑な手術を一人で任されるときには、不安で胸が押しつぶされそうになることもあります。「自分の技術はまだ足りないのではないか」と悩み、やめたいと思った瞬間もありました。そんなとき、松永医師から「誰でも最初は難しい。挑戦を重ねれば必ず上達する」と声をかけていただき、その言葉を支えに努力を続けています。松永医師は、私にとってかけがえのない師であり、今も日本からオンラインで術式について相談に乗ってくださる存在です。
確かに難しさを感じることはありますが、それでも私はここに残りたいと強く思っています。その理由は二つあります。第一に、ジャパンハートの奨学金によって医師になる機会をいただいたこと。第二に、この環境だからこそ、大きな手術を経験し、日本人医師から直接ご指導いただき、さらには海外研修に参加できるチャンスがあることです。
こうした経験の積み重ねが私を成長させ、やがてはカンボジアの患者さんに、より質の高い医療を届ける力になると信じています。
将来、この病院やご自身のキャリアをどのように発展させたいと考えていますか?
病院としては二つの目標があります。
一つ目は、検診やスクリーニングを取り入れ、進行がんが多い現状を変え、早期発見・早期手術を実現することです。今のところ、私たちの病院に来られる患者さんの多くは、すでに腫瘍が大きくなってしまっている状態です。たとえ切除できても、その後の命は長く続かないこともあります。だからこそ、私たちが地域に出向き、検診やスクリーニングを行うことが欠かせません。より早い段階で発見できれば、患者さんが家族と共に過ごせる時間は確実に延ばすことができるのです。
二つ目は、腹腔鏡手術を多くの人に届けることです。他の病院では1,000ドル以上かかり、経済的に諦めざるを得ない人も少なくありません。私たちの病院では100〜200ドルで提供できるため、より多くの患者さんが安心して手術を受けられるようになります。
そして個人としての目標は、松永医師のように患者さん一人ひとりに最適な手術を提供できる外科医になることです。技術だけでなく、患者さんに寄り添う姿勢を学び、現代的な外科医療をカンボジアに広げていきたいと考えています。
チーム一丸で支える、新病院と現病院の二本柱
新病院が開院しても、地方に暮らす人々へ医療を届ける出張診療は欠かせません。高度な医療を担う新病院と、地域に足を運ぶ出張診療を担う現病院。その二本柱がそろってこそ、多くの命を救うことができるのです。
ラタナ医師の強い使命感と成長への挑戦は、現地スタッフ一人ひとりの力となり、チーム全体を動かす原動力となっています。そして、その挑戦を支えてくださっているのは、寄付や応援をしてくださる皆さまです。
これからもジャパンハートは、現地スタッフ、そして皆さまと共に歩みながら、一人でも多くの命に医療と希望を届けてまいります。
長期学生インターン 伊藤大輝
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カンボジア ジャパンハートこども医療センターでの医療活動
ジャパンハートアジア小児医療センター新病院開設プロジェクト