活動レポート

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初・マグエ腹腔鏡手術活動。

up 2020.01.30

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

2020年1月中旬、ジャパンハート認定医の遠藤俊治先生にミャンマーまでお越しいただき、ミャンマー中部のマグエ総合病院にて胃癌に対する腹腔鏡手術活動を実施しました。
現地の医療者の関心も非常に高く、日本のエキスパートの手術から多くを学びたいと、手術室内は現地の若手医師たちの熱い志に溢れていました。
また今回手術を受けた患者さんたちの、手術前後の表情の変化がとても印象的でした。

遠藤先生よりレポートが届きましたので、ぜひご覧ください。
ミャンマーの患者さんの置かれている状況や、大変だった手術の様子も詳細に描かれていますので必見です!

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この度、マグエ医科大学の外科教授より「腹腔鏡下胃切除手術を見せて欲しい」という依頼があった。
胃癌は東アジアで多く、腹腔鏡下胃切除は日本、韓国、中国などで広く行われている手術だが、ミャンマーではほとんど普及していない。「お役にたてるなら」と快諾し、ヤンゴンから約9時間のバスの旅を経て、ミャンマー内陸部の都市マグエを訪れた。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

腹腔鏡下胃切除にむけて最大のハードルは機器の準備であった。
マグエ病院では腹腔鏡下胆嚢摘出や腹腔鏡下大腸切除を行っているらしく、腹腔鏡のスコープやモニター・鉗子類、また腹腔内での組織の切離に必要な超音波凝固切開装置は所有していた。
しかし腹腔鏡下胃切除は他の手術とは異なり腹腔内で胃を切除し吻合するため、自動縫合器が必須である。現地では自動縫合器本体はあるもののカートリッジ(替刃)がなかった。1個のカートリッジは数万円し、1回の手術で最低5個必要である。このため渡航前に日本の業者にお願いし、幸いカートリッジと縫合器本体も寄付頂けた。
また現地でも教授が業者にお願いし、いくつか器械を寄付頂いていた。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション  ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

そして現地では、5人の患者が集まっていた。いずれも高度の進行癌で、食事が食べられなくなって来院した症例であった。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

初日の症例は幽門前庭部の進行胃癌による幽門狭窄で、2ヶ月間食べられていない62歳の男性であった。現地では中心静脈栄養はなく、患者は羸痩著明であった。日本では比較的早期の胃癌であれば腹腔鏡下胃切除が標準治療であるが、このような進行した胃癌に対する標準治療は開腹胃切除で、腹腔鏡下胃切除の有効性はまだ示されていない。しかし現地医師の要望に応え、この症例は腹腔鏡下胃切除を行うこととした。手術室には20~30名の医師や学生が詰めかけ、別室でも学生がモニターで見学しているとのことであった。助手は准教授が務め、モー・ミント教授がカメラ助手(スコピスト)を務めた。
リンパ節が動脈に強固に癒着しておりその剥離に難渋し、途中で大量に出血したこと、いくつかの器械の使い勝手が悪かったこと、現地の医師との英語での微妙なコミュニケーションが時に困難であったこと、途中で停電したこと、ガーゼを腹腔内で見失ったことなど様々な要因で手術は難航し、結局9時間(おそらく自己最長記録。日本での標準は約4時間)を要した。それでも多くの医師が最後まで残り、終了時には拍手で称えてくれた。
この患者は術前は全く生気が感じられなかったが、術後は笑顔をみせ涙を流して喜んでくれた。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション  ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

これに加えて3日間で、3件の胃全摘手術を実施した。教授は腹腔鏡手術を希望したが、いずれも高度進行癌であり、時間的制約、器械の制約のため、開腹で行った。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

そして残りの1例は42歳の男性で、食道胃接合部癌であった。この症例は大動脈周囲まで累々とリンパ節腫大を認め根治切除は望めず、食べるために姑息切除をするにしても下部食道も含めた切除が必要で、時間的制約のため手術は諦めざるを得なかった。他院へ紹介したが、行ったかどうかわからないし、行っても手術ができるかどうかわからない。日本であればステント留置で経口摂取可能になるであろうし、抗癌剤治療が効けば根治切除の可能性があるかと思うと、歯がゆい思いであった。

今回手術を行った症例はいずれも日本では比較的少ない高度進行症例ばかりで、低栄養と貧血で合併症のリスクは高く、しかも医療資源が限られている中で安全確実な手術が求められた、非常にハードな手術活動であった。日本の胃癌手術は成績がよいと世界では評価されているが、恵まれた環境の賜物であることに今更ながら気付いた。思えば日本の外科医の諸先輩方は数十年前はメスとハサミだけで困難な症例に日々立ち向かっていたわけで、自分の未熟さをしみじみと痛感した。

今回1例のみであるが、現地の医師に腹腔鏡下胃切除を供覧するという目的は達成できた。しかし多くの器械を必要とし、費用がかかり、開腹手術より長い時間を要し、トレーニングが必要な腹腔鏡下胃切除が、高度進行癌の多いこの国で普及するには、長い年月が必要であろう(現地の若い医師は10年~20年かかると言っていた)。人間ドックなどで発見される早期胃癌の多い日本では、手術に求められるのは癌を根治することと、侵襲の少なさ(傷の小ささ)であろうが、食べられなくなって初めて病院を受診する患者の多いミャンマーで手術に求められるのは、再び食べられるようになることである。開腹手術の技術向上、安全な手術のために自動吻合器などの廉価での安定的供給、縫合不全や膵液瘻などの合併症が生じたときの治療(経皮的ドレナージなど)、術前後の抗癌剤治療、ステント治療、中心静脈栄養など、この国の胃癌患者のQOLを高め生存期間を延長するために改善すべきことは他にも多々あると感じた。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション  ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

最後に、今回の手術活動の企画・準備から手術中のサポートまで献身的にご協力いただいた河野朋子さんに厚く御礼申し上げます。

初・マグエ腹腔鏡手術ミッション  ミャンマー 専門医療プロジェクト 遠藤俊治

ジャパンハート認定医
遠藤俊治

ミャンマー 専門医療プロジェクト

https://www.japanheart.org/activity/medical/myanmar-specialized-medical-project.html

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