活動レポート

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【ラオス】ともに積み重ねた3年目の今 ― ウドムサイ県病院と進む甲状腺治療の現場から

up 2026.01.21

サバイディー!(ラオス語で「こんにちは!」)ラオスオフィスの松原です。

雨季が明け、ラオス北部にも少しずつ乾いた風が戻ってくる2025年11月。
ウドムサイ県病院で進めている「甲状腺疾患治療並びに技術移転プロジェクト(以下、甲状腺プロジェクト)」は、2023年に始まった3カ年計画の最終年を迎えました。

この最終年で私たちが目指しているのは単に手術件数を重ねることではありません。

「日本人がいなくても、現地の医療者が安全に判断し、患者さんを守れる体制が根づいているか」

その問いに向き合う一年の、最初の手術活動が2025年11月の活動でした。

【ラオス】ともに積み重ねた3年目の今 ― ウドムサイ県病院と進む甲状腺治療の現場から

▲日向ぼっこをしながら団らん中の患者さんたち

手術がない期間も続いていた準備

甲状腺プロジェクトでは年4回の手術活動を行っていますが、前回の活動は2025年5月。
雨季のあいだは道路事情が悪く、患者さんも私たちも移動が難しくなるため、約半年のブランクを挟んで今回の活動を迎えました。

この期間、現地医療者の学びが途切れないよう、これまで手術活動に参加してきた日本の専門医によるオンラインレクチャーや内科診療の集中指導を実施しました。
「手術」だけでなく、「術前評価」「術後管理」「日常診療」までを含めて力をつけること――それが、最終年に向けた大きな準備でした。

今回の手術活動では日本から内分泌外科学会所属の指導医2名と見学ボランティア医師1名を迎え、ウドムサイ県病院の外科・内科・麻酔科チーム、看護師、そしてジャパンハートのラオス・カンボジア拠点スタッフが協働し、3日間で9名の患者さんの手術を行いました。

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▲オンラインレクチャーはラオス人スタッフが現地で通訳

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▲ウドムサイ県病院の医療者の意見を聞き、手術活動に使う資料にも反映していく

少しずつ増えてきた「任せる」場面

比較的標準的な症例ではウドムサイ県病院の外科医が術者、第一助手を務め、日本人医師は状況をみながら指導的な立場でサポートしていきます。

2日目のある症例ではウドムサイ県病院のコンペット先生が執刀を担当しました。
予定では2時間程度を見込んでいましたが、実際には約1時間で安全に終了。日本人の先生方もその安定した手技に感心していました。

プロジェクト開始当初は日本人外科医がほとんどの手術を担っていましたが、現在は「ラオス人外科医が執刀し、日本人医師が見守る」という形が、少しずつ定着し始めています。
技術移転が“形”として見える、感慨深い場面でした。

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▲指導医として参加いただいた菊森先生(左)と吉田先生(右)

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▲手術を見守るプロジェクト担当の関山看護師

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▲手術の合間にもディスカッションを重ねる真栄田先生(右)、菊森先生(中央)、関山看護師(左)

一人ひとりの患者さんに向き合う長期フォロー

今回の手術対象の中には腫瘍はないものの、長年にわたり内服治療を続けてきた患者さんがいました。
この症例を今回の手術リストに載せることについて、プロジェクト担当の関山看護師は次のように振り返っています。

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「日本であれば、内服コントロールが難しいと分かった時点で、手術適応として検討される症例です。
ただ、これまでのプロジェクトは腫瘍摘出の技術移転が中心だったので、こうした症例は手術リストに挙がってこなかったのだと思います。
でも、これまでの活動を通じて、内科も外科も診療技術が確実に上がってきました。
今のウドムサイ県病院であれば対応できるし、ジャパンハートと一緒だからこそ実施できる症例だと感じ、『ぜひ今回やりたい』と思いました。

執刀の中心が日本人医師になることは分かっていましたが、現地外科医にとっては術式や安全管理を学ぶ機会になりますし、内科医にとっても、術後に内服が不要になるなど治療の変化を実感できる症例になります。
こうした経験を通じて、腫瘍がなくても手術が治療の選択肢になり得るという理解が広がっていけば、プロジェクトの趣旨にも沿うと思いました。

もう一つ大きかったのは、患者さんの負担を減らしたいという思いです。
10年も通院と内服を続けていると、結婚や出産など、ライフステージの変化も出てきます。
通院や内服が負担になって、治療から離れてしまったり、人生の選択を諦める理由になってほしくない、という気持ちがありました。

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▲術前診察中も関山看護師は患者さんに寄り添う

プロジェクト全体が良い状態にあり、これまで関わってきた日本人医師が参加する回だったからこそ、『いま、この症例を手術リストに入れよう』と判断できたと思います。
でも、どんなフェーズであっても、こうした症例に気づいていれば、日本人医師に相談していたと思います。そういう意味で、気づけて良かったし、自分の役割を果たせたのかなと感じています。」

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この症例は単に一人の患者さんの治療選択肢が広がったというだけではありません。
現地の診療レベルが向上し、「いま、この病院でできる最善は何か」を一緒に考えられる段階に来ていることを示す象徴的なケースでした。

プロジェクト最終年を迎えた今、こうした判断が自然に生まれてきたこと自体がウドムサイ県病院との長年の協働の成果だと感じています。

連携が機能した瞬間-「ヒモ法」が命を守った夜

今回の活動を象徴する出来事は手術最終日の夜に起きました。
甲状腺手術では術後の頸部出血が最も注意すべき合併症のひとつです。

ウドムサイ県病院では日本人医師のアドバイスのもと、2025年5月から術後観察の方法として「ヒモ法」を導入しています。
首の外周に紐を一周巻き、印をつけることで出血による腫れを客観的に判断できるシンプルな方法です。

今回、初めての手術活動に参加する現地看護師へは模擬人形を用いて評価方法をレクチャーし、実践ではシニアナースがサポートして細やかな観察を行っていました。

また、入院中はご家族も常にベッドサイドに付き添い、生活を共にします。
そのため、関山看護師が雨季のあいだからウドムサイ県病院の看護師と相談し、わかりやすいイラスト入りの資料を使って、術後出血で起きる症状についても理解してもらえるように準備しました。

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▲患者さんの就寝中にイラスト入り資料を読み返す付き添いの家族

最終日の夕食中、病棟に残っていた看護師から連絡が入りました。
「ヒモの位置がずれている」
「患者さんが喉の違和感を訴えている」

この異変に最初に気づいたのはウドムサイ県病院の看護師 コリーさんです。
彼女はこれまで関山看護師とともにヒモ法の観察ポイントを学び、「異変を感じたら、すぐに共有する」ことを繰り返し確認してきました。

連絡を受けた日本人医師・看護師、ラオス人スタッフがすぐに病院へ戻り、診察の結果、術後出血の可能性が高いと判断。すぐに再開創・止血のための再手術を行い、患者さんは無事に回復しました。
この出来事は、単なるトラブル対応ではありません。

道具や手段を理解し、異変を察知し、迷わず共有し、行動する。

それらが、現地スタッフの中に確かに根づき始めていることを示す象徴的な瞬間でした。プロジェクト開始当初、「教わる側」だった現地スタッフが、今では患者さんの安全を守る主体になっています。

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▲病棟看護の中心的存在であるシニアナースのコリーさん

最終年に向けて―それぞれの力が重なって生まれる自立

3年目最初の手術活動を終え、現地外科医が執刀を担う症例が着実に増え、看護師による主体的な術後管理や観察も日常の実践として根づきつつあります。
あわせて、医師による術前評価や最終判断の質も高まり、診療全体の安定感が増してきました。

さらに、これまでに手術を受けた患者さんの経験が口コミとして地域に広がり、新たな患者さんが自ら病院を訪れる動きも見られるようになっています。
こうした変化が一つひとつ確かに積み重なっていることを実感しています。

【ラオス】ともに積み重ねた3年目の今 ― ウドムサイ県病院と進む甲状腺治療の現場から

最終年の残りの活動を通じて、ウドムサイ県病院が自らの力で地域の甲状腺診療を支え続けられる体制を築けるよう、私たちもパートナーとして歩みを進めていきます。
引き続き、ラオスでの活動をあたたかく見守っていただけましたら幸いです。

ラオスオフィス
松原 遼子 

参加いただいた先生からのメッセージ

◇◆名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科 菊森 豊根 先生◆◇
本年5月に引き続き参加しました。メンバーは東京女子医大の吉田先生とオブザーバーとして琉球大学の真栄田先生でした。
再度参加したいとの思いは、もちろんジャパンハートの活動に協力したいということからでしたが、前回の手術活動で久々にミニマムな機材で手術を遂行するという外科医としての醍醐味を味わえたこと、自身にもとからあるあえて苦しいことに関わってしまう性向(長時間の手術を望んで行うのはそのような性向がないと続かないと思っています。)からでもありました。
もちろん、現地の外科医に甲状腺の手術を安全に遂行できるようになってもらうというミッションの達成もまだ途上だと思っていました。

前回は初めての活動でしたので、どのように立ち回ったらよいかということもあまりよくわからず、終了してしまいましたが、今回は前回の活動を踏まえ、現地スタッフとの役割分担を可能な限り明確にしたいと思っていました。
術前診察により現地外科医が自分たちのみで手術が可能と判断した症例は、私たちが予想していた症例とほぼ同じで、自分たちの能力を正しく把握していることが確認できました。
今後の目標としては、真に外科的治療が必要と考えられる症例を適切に選択でき、そして安全に外科的治療を完遂できるようにすることだと思います。
ただし、ラオスにおいて、甲状腺の手術のほとんどが良性の甲状腺腫を摘出する手術であり、手術をしなくても生命予後には関係しないということで、究極的には手術の対象とならないということになってしまいます。
良性と思われる甲状腺腫瘍に対して手術を行うかどうかは患者さんとの対話を通して決定していくべきことと思っていますが、現状では、なかなか難しそうだなというのが印象でした。

前回の手術活動もなかなかイベントがたくさん(後出血による再手術2回、反回神経切断→縫合修復など)ありましたが、今回も後出血による再手術1回、術後無気肺による、呼吸困難、深夜の病棟での手術創の縫合止血などがありました。
しかし、現地スタッフの適切な判断により時期を逸することなく対応できました。前回の手術活動から半年が経過していますが、その間の現地スタッフ、特に病棟看護師の看護診断力の向上には感服しました。

ただ、前回も感じましたが、手術機材の選定を見直した方が良いと思いました。
今後現地スタッフのみで甲状腺手術を行うことになった場合に、この手術活動で使用している手術機材(特に鑷子、剥離鉗子)は、甲状腺手術には最適とはいえないと思います。)
この活動は今期(2026年5月)でいったん終了と伺っていますが、協力できることまだまだありそうです。是非継続的に関わっていきたいと思います。
前回のレポートと同じような結びになってしまいますが、限られた医療資源、厳しい環境の中で活動を継続されているジャパンハートのスタッフの方々に深い敬意と感謝を申し上げます。

  

◇◆東京女子医科大学 内分泌外科 吉田 有策 先生◆◇
2024年3月以来、2回目の活動として参加させて頂きました。
今回は9件の手術を行いました。前回参加した時と比較すると大きな甲状腺腫の患者さんが多く感じられました。どうやら現地でのジャパンハートの活動が認知され、そのような患者さんが地元の口コミで増えてきているということでした。

現地のラオス人医師は様々な臓器の手術を行う熟練の外科医であり、もともと手術手技は優れていました。久しぶりに手術に入ってみると、これまでの活動で甲状腺手術の経験と知識を積み上げ驚くほど上達していました。
今回は9件のうち、ラオス人外科医主導で完遂できる手術を自身で選択して頂き、選択した5件の手術すべてをラオス人外科医が術者および第一助手として完遂することができました。
まだ巨大甲状腺腫やバセドウ病に対する亜全摘術、甲状腺癌に対する頸部郭清術は経験も少なく日本人外科医に任せたいという意向でしたが、経験を積むことでラオスでも実施できる可能性を感じました。

今回の活動では、術中の出血に対する輸血や、術後出血に対する止血術を経験しました。
術後出血は避けたい合併症ではありますが、前回の活動で発生した経験があったこともあり、ラオス人看護師は早期に発見することができました。
手術を行った患者さんが全員元気に退院された背景には、周術期看護の指導による看護師の成長が間違いなくあると思います。

日本から一緒に活動に参加された先生方、現地で共に活動したジャパンハートスタッフの皆様に感謝を申し上げるとともに、今後のジャパンハートの活動を応援しています。

  

◇◆琉球大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座 真栄田 裕行 先生◆◇
私はジャパンハートと日本内分泌外科学会が提携した、甲状腺手術手技移転プロジェクトへ応募しました。
ジャパンハートという団体名は広く知られており、創始者の吉岡先生も有名なのですが、実際にどのような活動をしているのかは恥ずかしながらよく分かっておらず、とても興味がありました。また発展途上国と言われる国の医療事情も知りたかったのです。
今回オブザーバー参加ではありましたが、多くの貴重な経験をさせてもらいました。

まずラオスという国は日本から近そうで遠い国でした。私の在住地、日本最南端の島嶼県である沖縄からウドムサイの街までは本当に遠かったです。
沖縄から航空機で羽田に向かい、ホーチミン行きに乗り換え、名古屋大の菊森先生・女子医大の吉田先生と合流したのちに、プノンペン経由で21時ころビエンチャンの空港に着きました。
翌日ジャパンハートのメンバーと合流して列車でウドムサイ駅に向かいます。
列車は例の「一帯一路」構想により中国資本で作られた国際列車で保安検査も厳しく、またパスポートが必要でした。
昼前にウドムサイ駅に到着したのですが、駅舎外に出た直後、空気の清浄感と青い空に思わず感嘆の声を挙げてしまいました。周りに高い建物が一切ないため空が広く、涼しい高原の気温とも相まって実に爽快でした。

その日の午後にウドムサイ病院を訪れて手術患者の事前診察をしましたが、ここでたくさんの驚きがあったので挙げてみましょう。

病院の敷地内では、入院待ちの患者や家族など多くの人々が茣蓙を引いてのんびり過ごしていました。
みなさん遠くからやってくるものの宿泊施設がないため、病院の敷地内で寝泊まりするそうなのです。
広場に蚊帳を張って眠る者、壁に板を立て掛けて即席の屋根を作り、その下で寝る者など、その自由な振る舞いといったら本当に日本では見ることのできない光景でした。

他にも食事は敷地内にある竈で調理する、手術患者は病棟に入室できるが家族もベッドの周りに蓆を引いて居場所を確保する、そして食事やトイレの世話からリハビリ・急変時の報告まで、日本であれば看護師が行う作業を家族が一手に引き受けてくれていました。

患者は診察の順番を屋外で待ち、順番になると集まってきます。
どんなに待たされても文句を言うことはなく、待ち時間に外で昼寝をしたり調理したり、様々に時間をつぶしていました。
日本がとっくに失くしてしまった生き生きとした営みを何となく羨ましく思ってしまいました。

実際の手術はほぼ見学でしたが、逆に菊森先生と吉田先生が見事な腕を披露し、また現地のドクターに適切に指導しているのをつぶさに観察することができました。
それにしても感じたのは医療材料の乏しさです。
日本では当たり前のように備えられている手術器具や縫合糸・ドレーン類までも十分な数はなく、その一本・一個を大事に大事に使い切っていました。ある意味その態度は日本人である我々も見習うべきところがあると感じました。

最終日は次回手術予定患者の候補を選定する事前診察です。
ここに日本では最早なかなか目にすることはない巨大な腫瘤を抱えた患者が続々とやって来たのです。ミッションも後になるほど大変とは聞いていましたが、確かにこれらの患者を現地の人員・手術室・器械類で行うのはリスクが大きすぎるのではないかと思えました。

ところで今回のミッションでは本当に素敵な人達に出会えました。
前述の日本人ドクターお二人、ウドムサイ病院のオン先生・コンペット先生・スリシット先生、日本人看護師の関山さん・今井さん・根釜さん、現地のスーさん(実は医療者のサポートからお金の管理まで熟すマルチタスクプレーヤーである)、通訳のオーウェンさんとマックス、コーディネーターの松原さん、運転手のラーさん、現地世話係のローさん、そして学生の伶君。

皆さんミッションの達成に一生懸命に取り組み、疲れているはずなのに笑顔を絶やさず、初めて会った自分にも常に優しく真剣に接してくれました。
この人たちと出会えただけでも今回のミッションは実り多きものでした。皆さん本当にお世話になりました。また会えることを心から楽しみにしています!

追記:患者のご家族から差し入れがありました。なんとカエルの串焼きです!そのあたりの水辺で捕獲し、敷地内のかまどで、たった今串焼きにしたものを御馳走してくれるというのです。
皿に盛られたそれは私にとってはハードルが高すぎて、折角の差し入れではあったのですが、とうとう口にすることはできませんでした。ごめんなさい。

▼プロジェクトの詳細はこちらから
ラオス | 北部・ウドムサイ県での甲状腺疾患治療事業並びに技術移転活動

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