新たな年を迎えたラオス北部ウドムサイ県。
1月のラオスは一年で最も寒い時期。とくに山岳地域に位置するウドムサイでは、朝晩の冷え込みが厳しくなります。とはいえ、一般家庭や病院のエアコンに暖房機能はなく、毛布を重ねてしのいだり、敷地内のあちこちで焚き火を囲んだりするのがこの季節の日常。
そんな澄んだ空気の中、2026年最初の甲状腺手術活動が始まりました。

▲昼間の日向ぼっこは癒しの時間。
偶然が導いた自立の機会
手術前日、日本人医師が首都ビエンチャンからウドムサイへ移動する日。観光ハイシーズンの影響で、普段利用している午前中の電車が満席となり、午後発・夕方到着の便へ変更となりました。
通常は、日本人医師とラオス人医師が合同で術前診察を行い、術式を決定します。しかし今回は到着時間の都合上、ラオス人医師が先に診察を担当。その後、日本人医師の到着を待って症例説明を行い、最終確認を経て術式を決める流れへと切り替えました。

▲普段、患者さんの診察をしている内科医師からラオス人外科医師へ、エコーの説明をする場面も。
「想定外の変更ではありましたが、結果としてラオス人医師が主体的に判断する機会となりました。」
プロジェクト担当の関山看護師はこう振り返ります。
関山看護師のことば
前回2025年11月の手術活動では、ウドムサイの内科医の隣に外科医が座り、定期診察やエコー所見を共有しながら一緒に診察を行うスタイルが自然に生まれていました。
今後の活動を見据えると、ウドムサイ県病院の医師が主体となって手術症例を紹介し、それをもとに術前カンファレンスを進めていくことが理想です。ただ、控えめな性格の先生方も多く、所見やアセスメントを自分たちから日本人医師へ説明することには、どこか遠慮のような壁があると感じていました。
そのため、今回のトラブルはやや強引ではありますが、ステップアップを後押しする良い機会にできればと思いました。
また、日本人医師がいずれも過去に参加経験のある先生方で、ウドムサイの現状や継続的な技術移転の課題を理解したうえでサポートしてくださることも、この決断を後押ししました。
これまでは日本人医師が先に説明し、患者さんからの質問に対しラオス人医師が補足する形が中心でした。しかし今回は、日本人医師が普段伝えている注意点まで含め、ラオス人医師が自ら説明。
トラブルによる“強制的なステップアップ”ではありましたが、確かな前進となりました。

▲自ら触診し、日本人医師への情報共有に備える。
この国で選ぶ最善の医療
活動初日には、プロジェクト史上最大級の腫瘍を抱えた患者さんの手術に臨みました。腫瘍が気管を圧迫し変位しており、麻酔挿管が難しいと予測される症例です。安全に挿管するため、腫瘍内部の内容物をあらかじめ吸引し、サイズを縮小してから処置を行いました。出血に備えて輸血も準備。緊張感のある状況の中、チームで確認を重ねながら慎重に進めました。吸引した内容物も含めると、2kgを超える腫瘍でしたが、手術は問題なく約3時間で無事終了しました。
関山看護師のことば
このプロジェクトを担当してから、ウドムサイ県病院にとって“支援する側”ではなく、“パートナー”“伴走者”としてどう関わるべきかを常に考えてきました。
大切にしているのは、一人ひとりが「自分もチームの一員」と意識できる環境づくりです。参加者全員の写真付きメンバーボードもその一環で、今では新しいスタッフが加わると病院側から自然に声がかかるようになりました。
症例リストは団体側で作成していますが、内科医と待機リストを共有し、新規対象者の情報提供を依頼しています。症例決定時や術後の病理結果も、日本人医師とウドムサイの医師へ同時に共有し、活動期間外でも主体的に関わってもらえる体制を整えています。
今回の活動では10cmを超える巨大腫瘍症例が複数あり、ビエンチャンのマホゾット病院から麻酔科医ポンサイ先生にご参加いただきました。安全管理と現地麻酔科チームへの丁寧な指導は、大きな支えとなりました。
手術前には全スタッフでリスクや代替手順を確認。術中はバックアップ麻酔科医が待機し、担当外の看護師が自ら見学に訪れるなど、病院全体でこの症例に向き合う姿勢が見られました。
腫瘍摘出の瞬間の安堵と歓喜、そして「麻酔科を信じて任せてくれてありがとう」という言葉から、支援する側・される側を超えた信頼関係が育ち、”自分たちのプロジェクト”という意識が確実に芽生え始めていることを実感します。

▲関山看護師(右)とプロジェクトコーディネーターのスーさん(左)が二人三脚でプロジェクトを牽引している。

▲伊藤先生(左)からラオス人医師を中心とした手術室スタッフ全体へ術前に術式や注意点を伝える様子。
また、今回の活動では亜全摘を選択した症例もありました。日本では全摘術が選択肢となることも多い症例ですが、ラオスでは術後に必要となる薬剤の継続内服が容易ではありません。可能な限り甲状腺機能を残すという選択は、この国の医療環境と患者さんの生活背景を踏まえたもの。医療の標準は一つではなく、その土地での最善を探る営みであることを改めて実感しました。
巨大腫瘍の症例では日本人医師が執刀を担当し、安全を最優先に進めました。一方で、その他の症例ではラオス人医師からの希望もあり、いつでもバックアップに入れる体制を整えた上で、ラオス人医師が執刀・第一助手を務め、日本人医師が第二助手として支える体制で実施。難易度に応じて役割を柔軟に調整しながら、現地主体の体制づくりを進めています。

▲右から、コンペット先生、堀内先生、オン先生。
ウドムサイ県病院の医師が執刀、第一助手を務める体制が基本に。
支援が支え、主体が育つ現場
最終日、手術前の確認として手術室内でエコーを実施しました。使用したのは、昨年アルム株式会社様よりご提供いただいたモバイル医療機器セット。本来は災害現場での活用を想定して開発された機器ですが、設備が十分とはいえない現地の環境でも、その機動力は大きな力を発揮します。
関山看護師のことば
エコーだけでなく、手術室内でレントゲン撮影が可能な環境は、今回のような難しい症例では特に、安全・安心につながります。ウドムサイでは通常、レントゲン室へ移動しなければ撮影できません。術中に確認が必要になった場合への不安が軽減されるだけでも、大きな意味があります。
また、日本人医師からは“執刀医が解剖生理への理解を深めることが重要”との指導がありました。ウドムサイでは通常、エコーは内科医が確認します。しかし、執刀する外科医自身が病態と合わせてエコー所見を理解できることは、より安全な手術には重要になります。腫瘍の位置や大きさ、血管の走行などを手軽に確認できるモバイルエコーは指導の幅を広げると同時に、内科医と外科医の連携強化にも寄与しています。


▲手術室でのモバイルエコー利用の様子
さらに今回、大きな変化がありました。術後の検体写真を用いた患者さん・家族への説明です。
関山看護師のことば
術後、検体の確認を希望する患者さん・ご家族は少なくありません。その際は検体写真を提示しながら、医師が改めて手術について説明しています。
これまでは、ラオス人医師が執刀した症例も日本人医師が説明していました。しかし今回は、術前診察から手術までウドムサイ医師が主体となる場面が増えたこともあり、説明も是非ウドムサイの先生方に担ってほしいと考えました。パソコンを手渡すと、患者さん一人ひとりに笑顔で丁寧に説明する姿があり、日本人医師は見守る立場に徹していました。
術前から術後まで時間をかけて患者さんの不安に向き合う医療は、ラオスではまだ一般的ではありません。しかし、日本人医師とともに活動する中で、患者さん・ご家族の安心につながる関わり方が自然に実践されるようになっています。
説明前後での患者さんのわずかな表情の変化を看護師側が感じ取り、日本人・ラオス人スタッフが一緒に対応した場面もありました。
患者さん・ご家族の笑顔を病院スタッフと一緒に喜び合える関係を、これからも大切にしていきたいと思います。

▲ラオス人医師からの説明を受け、患者さんも安心した様子。
支援が安全を支え、経験が自信へと変わる―その積み重ねが、現場を確実に前へ進めています。

それぞれの帰路へ
活動期間中に手術を受けた患者さんは、順次退院を迎えました。家族や親戚に囲まれながら、笑顔で病院を後にする姿。山あいの町へと続く帰り道の先には、それぞれの日常が待っています。手術が無事に終わることは一つの節目ですが、本当の意味での安心は、その後の経過の中にあります。
退院時の患者さんの笑顔が、私たちの次の活動への原動力。新しい一年もまた、ウドムサイの地で最善を探し続けていきます。


ジャパンハートラオス 松原遼子
ご参加いただいた先生からのメッセージ

今回、甲状腺治療技術移転プロジェクトに3回目の参加をさせていただきました。本プロジェクトは、甲状腺疾患の診断、周術期管理、さらには手術の有無にかかわらず経過観察までを、ラオスの医療チームが主体的に実践できる体制を構築することを目的としていると思います。
その点で、まず嬉しく感じたことがありました。2024年10月、2回目の参加時に、超音波検査装置のモニターの清掃や、具体的所見の記載方法について(所見用紙は友田智哲先生が作成)、内科のボンサバン先生、カオソン先生と共に取り組みました。今回再訪した際、装置は丁寧に管理され、所見の記載方法も継続されており、技術移転が少しずつ根付いていることを実感しました。
今回の活動では、非常に大きな甲状腺腫の1例を除き、手術の術者および第一助手はウドムサイ県病院のオン先生、コンペット先生に担当していただき、堀内喜代美先生と私は第二助手として参加いたしました。本プロジェクトも3年目に入り、現地の先生方も経験を重ねており、手術スケジュールにも比較的余裕があったことから、手術の合間や終了後にディスカッションを行うことができました。
これまで日本から参加された先生ごとに、指導内容に微妙な違いがあることは避けられなかったと思いますので、現地の先生方にとっては戸惑いが生じていた可能性もあると感じましたが、今回、図示しながら手術のポイントを整理し、両先生と意見交換できたことは、その疑問に一定程度応えられたのではないかと考えております。手術中およびディスカッションの際には、通訳のオーウェンさんに細かなニュアンスまで的確に伝えていただき、大変心強く感じました。
以上の点や病棟での看護スタッフの様子から、本プロジェクトの目的である「治療技術移転」は着実に進展していると感じました。一方で、昨年の活動時に手術を受け甲状腺癌と診断された患者さんや、今回、再発腫瘤を主訴に受診された患者さん、また、癌の可能性が高い大きな甲状腺腫を認めるものの、現地の医療体制を考慮すると手術を断念せざるを得ない患者さんと接し、もどかしさも強く感じました。時間を要するとは思いますが、進行甲状腺癌の患者さんに対しても、将来的にラオスでより幅広い治療が可能になることを願っております。
今回もジャパンハートのスタッフの皆様の献身的な姿勢には深く敬意を抱きました。ウドムサイ県病院のスタッフと積極的に連携を図りながら、患者さんに温かく寄り添う姿勢が強く印象に残りました。また、診察および手術に共に携わっていただきました堀内先生に心より御礼申し上げます。私自身も、フィードバックと対話の重要性を改めて認識いたしました。もし次の機会を頂けるのであれば、さらに実践的かつ継続性のある支援ができるよう努めたいと考えております。
末筆ながら、ラオスにおける甲状腺診療のさらなる充実と、ジャパンハートの一層のご発展を心より祈念申し上げます。今回も大変お世話になりありがとうございました。

サバイディー。今回3回目のミッション参加となりました。これまで5月の参加でしたので、冬の1月の参加は初めてとなりました。冬のウドムサイは想像していたほどの寒さではありませんでしたが、朝晩は冷え込み、病棟の床で御座を引いて寝ている患者さんの家族もさぞかし寒いのではないかと心配になってしまうほどでした。
今回のミッションでは、ラオスの若手外科医の先生方の精神的・技術的な成長がみられ感動しました。本ミッションも前回同様に比較的大きな良性腫瘍が多かったのですが、
日本人が執刀したのは巨大な嚢胞の症例のみで、それ以外はウドムサイの外科の先生方が自ら名乗り出て術者と第一助手を務められました。症例によっては出血もありまた時間もかかることもありましたが、自分たちで手術を完遂したという事実は自信にもつながりますし、さらに甲状腺手術に興味をもってもらえると期待しています。
手術手技の方も、個人差はありますが彼ら自身で反回神経を同定できるようになっていて、さらに副甲状腺を同定し温存しようとする姿勢も見られ、このミッションの成果を感じました。
現地の外科医は3人で外科当直をこなし、夜中の緊急手術を行った上で日中に本ミッションの甲状腺手術に積極的に参加しており、日本の「働き方改革」とは程遠いものでした。しかし彼らは忙しい中でも手術手技の獲得に意欲を持ち、常に興味をもって参加してくれたことは嬉しい限りです。手術環境については、依然として器具は必要最低限でエネルギーデバイスなどはありませんが、その分糸結び(主に機械結びになりますが)を器用にこなしています。モニタリング装置がない状況での反回神経の同定、糸結びといい、改めて手術の基本を再確認させられました。
看護師の関山さんより、本ミッションが始まる前に現地の外科医2人で甲状腺の手術を行っていたことを聞きました。おそらく彼らもかなり自信がついてきたのでしょう。
まさにミッションの成果だと思います、嬉しい限りです。
欲を言えば、術前の診断と治療がもう少し洗練されると良いかと思います。ヨウ素欠乏地域のためと思われる、大きな腺腫様甲状腺腫で少し甲状腺機能が亢進している、中毒性多結節性甲状腺腫が多い印象です。ただし甲状腺シンチグラム検査の設備がないため、一律に抗甲状腺薬を投与していますが、中には投与が必要ない患者さんも含まれていると思います。ただし、日本とは全く同じような検査や治療は出来ず、ラオスの医療環境に即した治療を提供するのも重要であると感じました。
最後に、毎回ジャパンハートのスタッフの皆さんが、患者さんの診療や手術に支障の無いように手術の前後から準備を進めてくれています。この場を借りて感謝申し上げます。皆さんが「患者さんのために」働いている姿はラオスの人たちに絶大なる信頼を寄せられていると感じています。ウドムサイの県病院では、外国の資本で外来棟など「箱もの」が新しく設立予定のようですが、日本のジャパンハートのプロジェクトはハードではなくソフトを中心とした、真の「ラオス人の患者、看護師、そして医師のための医療支援」だと考えます。
▼プロジェクトの詳細はこちらから
https://www.japanheart.org/tag/laos/

