サバイディー!(ラオス語で「こんにちは!」)ラオスオフィスの松原です。
1年で最も暑い4月~5月初旬を経て、雨季に向け徐々に雨が多くなってきた頃、私たちは北部ウドムサイ県で手術活動を実施しました。
今回は甲状腺疾患治療事業並びに技術移転プロジェクト(以下、甲状腺プロジェクト)第2フェーズの2年目最後の手術活動です。
雨季の間は道路状況が悪く、病院に来ることが難しい患者さんも多いため、手術活動は雨季が終わる11月までお休みとなります。
患者さんやそのご家族と
今回の活動は、11月から始まる最終年の手術活動に向けた大事な節目の回。ウドムサイ県病院が主体となって甲状腺治療を継続していくことを意識し、患者選定や業務改善などに取り組みました。
そう語るのは、プロジェクトを担当する関山看護師です。
(関山看護師より)
現場では、ウドムサイ県病院の医療スタッフが自ら考え動く場面が多く見られました。たとえば術後出血の早期発見に使う『ヒモ法』は、紹介時点では導入の判断を現場に委ねていましたが、実際の再開創事例をきっかけに、病院側から導入希望の声が上がり、自主的な取り組みとして始まりました。
甲状腺の手術を行う場合、約1%の割合で術後出血の合併症が起こると言われています。
今回の手術活動では偶然その事例が2件発生し、再開創して止血する対応が必要となりました。
今回は指導に来てくださった日本人医師が早期に出血に気付いて対応することができましたが、現場スタッフ全員がその重要性を再認識するきっかけとなり、関山看護師のコメントにあるような『ヒモ法』の積極的な運用に繋がったと感じます。
手術を行う菊森先生(右)と堀内先生(左)
他にも合併症の緊急対応が必要となる場面がありましたが、一般社団法人日本内分泌外科学会所属の2名の先生はラオス人医師に対しひとつひとつの対応を丁寧に指導してくださいました。
(関山看護師より)
診療や手術の場面では、ウドムサイの医師たちが日本人医師に積極的に質問し、共に判断・説明を行う姿がありました。患者さんやご家族との対話も増え、より信頼感のある診療につながったように思います。
看護の面でもウドムサイスタッフが中心となり、術後ケアやリハビリを進める様子が印象的でした。例えば、術後の嚥下リハビリの日本語資料をその場でラオス語に翻訳し、ウドムサイ看護師が中心となって指導を行いました。
ウドムサイ県病院の医師と共に術前診察を行う菊森先生(右奥)
今回の手術活動では大きな甲状腺腫の患者さんが多く、気管内挿管が難しい症例に備え、首都ビエンチャンにある中央病院のひとつ、マホゾット病院から、ベテラン麻酔科医師のポンサイ先生にも参加いただきました。
術前診察から積極的に関わり、多大なご支援をいただきましたことに、心より感謝を申し上げます。
ウドムサイ県病院の医療者にも彼女を慕う人が多く、手術中も麻酔科の医師や看護師が彼女の指導に真剣に耳を傾ける様子が印象的でした。
そうして手術に臨んだ、20年間ものあいだ巨大な甲状腺腫を抱えていた患者さんは手術後にすっきりとした首を何度も嬉しそうに見せてくれました。
摘出した自分の腫瘍の写真を見たがる方が多いのですが、この患者さんは「それはもう私の一部ではありません。だから見なくても大丈夫。」ときっぱり。
これまでの腫瘍を抱えた生活の苦労や、そこからの解放感を感じさせるひと言でした。
ウドムサイ病院の麻酔科医師、看護師に指導するマホゾット病院のポンサイ先生(左)
手術直後でも明るい笑顔を見せてくれた、巨大腫瘍を切除した患者さん
今回はプロジェクト最終年に向けての課題を再確認できた活動でもありました。
雨季の間にその課題解決に向けた取り組みを行い、最終年の手術活動に向けてしっかりと準備をしていきます。
(関山看護師より)
今後もウドムサイ病院が主体的に取り組んでいけるよう、現場の声に耳を傾け、リスペクトと協働の姿勢を大切にしながら、プロジェクトパートナーとして引き続き歩んでいきます。
最後に、活動に参加いただいた先生方、そして日ごろからご支援をいただいている皆さまに厚く御礼を申し上げます。
今後もラオス事業への応援を宜しくお願いします!
ラオスオフィス 松原 遼子
参加いただいた先生からのメッセージ
◇◆名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科 菊森 豊根 先生◆◇
2025年5月に初めて参加しました。以前からボランティア活動に興味があったのですが、被災地などでの救急医療は専門外で足手まといになりそうで、なかなか一歩が踏み出せないでいました。今回の甲状腺手術の技術移転事業は、自分の専門性を活かせるチャンスがついに来たという感覚をおぼえ、参加の意思表明をしました。
現地に到着すると、事前に知らされてはいましたが、日本の医療の常識が通用しない状況に若干の戸惑いを覚えました。しかし、実際に手術の段階になると、現地の外科医(3名)の甲状腺手術に対する理解、技術はこれまで派遣された先生方の努力によりかなり向上しているのだろうと感じました。
巨大な甲状腺腫以外は現地外科医に執刀医、第一助手を務めてもらい、私たち日本人外科医は第二助手でオブザーバーのような立場で手術を進めることができました。ただ、感じたのは、まだ甲状腺の手術で我々が参加すると我々を頼ってしまうような状況がしばしば見られ、技術の完全移転までには、まだ学習と経験が必要なのだろう思いました。
初めての参加で、現地での医療の流れが把握しきれておらず、ラオス人医師との間で手術適応などについて議論ができなかったのが今後の課題と思いました。
今回の活動では、再開創を要する術後出血を2件(1件は病棟帰室後、夜間に再手術、もう1件は手術終了後麻酔覚醒時に出血し、その場で再開創)、さらに、反回神経の誤認による切断、再縫合という合併症を経験しました。
プロジェクト第2フェーズに入ってから今までの活動ではなかったことが、今回重なって起こってしまいましたが、甲状腺手術で一定の割合で起こる合併症の緊急時対応を実際に共有でき、ある意味良かったと思います。
現地での限られた医療資源を有効に活用して最大限の医療を提供している姿を間近に見ることができ、自身の今後の外科医人生を再考する機会になりました。また、ラオスの人々の素朴な様子に癒やされました。厳しい環境の中で、活動を継続されているジャパンハートのスタッフに深い敬意と感謝を申し上げます。
◇◆東京女子医科大学 内分泌外科 堀内 喜代美 先生◆◇
昨年に引き続き、2025年も5月の手術活動に参加させていただきました。前回の手術活動では比較的中程度の甲状腺腫大の患者さんが中心で、大きなトラブルもなく非常にスムーズに終了しましたが、今回は手術合併症を3件経験し、指導する立場として改めて学ぶ事の多い活動でした。
今回の手術は術者をラオスの外科医中心とし、初日の1件目と2件目、2日目の巨大な甲状腺の亜全摘は日本人外科医が担当しそれ以外は現地の先生に術者をお願いしました。
到着翌日の診察では、上海で医学を学んだという内科医がエコー検査に参加し、かなり積極的に検査をしてもらえました。プローベ操作はある程度慣れている様子でしたが、術前検査として見るべきポイント、例えば非反回神経の存在(エコーで総頸動脈を確認する)や、腫瘍への血流評価(血流が豊富か否か)など、より安全な手術につながるため、さらに指導が必要だと感じました。
しかし問題は手術初日に発生しました。第2フェーズで初となる術後出血を経験したのです。夕食後の20時に病棟に寄ったところ、葉切したはずの患者さんの首が術前と同じくらい腫れているのに気づきました。患者さんに自覚症状はなく、看護師の交代に合わせて22時に再度確認すると、やはり頸部腫脹があったため思い切って再手術を決断しました。夜間にも関わらず現地の先生方は非常に協力的で、当直していた外科部長のスリシット先生が麻酔科の先生に連絡して、速やかに手術を行うことが出来ました。創部を開けると、確かに前頸筋の断端の静脈より出血していたのでこれを結紮止血し、無事に終了しました。
この経験より、翌日からは頸部出血対策として、看護師の関山さんが事前に入念に準備されていた、①閉創前の洗浄中のvalsalvaによる止血確認、②術後観察のための「ヒモ法」を導入しました。2日目にも後出血を認めましたが、幸い抜管後すぐに頸部腫脹を認め、速やかに再挿管し止血を行いました。
そして3日目、最終日の2件目で私が第一助手として入った手術では、術者の現地医師が患者さんの反回神経を切断するアクシデントが発生しました。一応、切った神経を探して吻合したのですが、指導医として猛反省し改めて基本に立ち返る必要性を強く認識しました。さらに最後の手術では、ドレーン挿入時に大量の静脈性出血が起き、一瞬心臓が止まりそうな想いをしましたが、現地の外科医たちが笑顔で落ち着いているのには驚きました。
このように今回は予期せぬ甲状腺手術の合併症を複数経験しましたが、現地医師や看護師がそれを実際に経験し、術後観察や嚥下指導まで含めた包括的な学びの機会になったのではないかと感じています。
幸いにも患者さんは全員無事に退院し、最も恐れていた巨大甲状腺腫の患者さんも無事に亜全摘を終え、副甲状腺機能低下なく経過しました。反回神経を損傷した患者さんは、数か月後の発声の改善を期待しています。
また、現地外科医のなかでも若手のコンペット先生は手術手技も丁寧で、かなりの上達が感じられました。この3年の手術活動で一人当たり約20~30件経験することになるのでしょうか。3年目の来年は、日本人外科医が第二助手として手術に参加できるのが理想になるのでしょう。
日本と異なるのは、TMNGだと思われる疾患が多い事、両側多発結節が多く日本なら迷わず甲状腺全摘術にする症例が多いです。しかし、術後の甲状腺・副甲状腺機能低下に対して一生内服薬を継続することが大きな経済的負担となる患者さんもおり、日本と同じ基準ではなく、ラオスの医療事情も鑑みて術式を決定する必要があることを痛感しています。
今回も事務の松原さんをはじめ、長時間労働をさせてしまった関山さん、カンボジアからお手伝いで参加された看護師の蛭川さん、通訳のジュディさん、その他ジャパンハートの現地スタッフのスーさん、ローさん、ラーさん、学生インターンの佐藤さん、そして、帰国前のビエンチャンでは休日にも関わらずお付き合いいただいた看護師の根釜さんにもお礼申し上げます。
来年も機会があればスタッフの皆さん、そして手術をした患者さんとお会いしたいです。
▼プロジェクトの詳細はこちらから
ラオス | 北部・ウドムサイ県での甲状腺疾患治療事業並びに技術移転活動
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