
パチョウくんは、左精巣卵黄嚢腫瘍という、左の精巣にできた卵黄嚢腫瘍(赤ちゃんのときの体の成り立ちに関係する細胞からできるがん)と闘う3歳の男の子です。
三輪車にまたがり、病棟の廊下やプレイルームを元気いっぱいに走る姿。その明るさと人懐っこさで、パチョウくんは、周りの子どもたちや病院スタッフの笑顔を自然と増やしてくれています。
ジャパンハートに出会い、治療を開始したのは2024年7月。同年11月に一度退院し、一年後の2025年11月に再入院。現在も日々、治療と向き合っているパチョウくんです。
そんなパチョウくんをそばで支え続けるお母さんに、お話を伺いました。
治療への挫折、そしてジャパンハートとの出会い

最初に異変に気づいたのは、今から一年半ほど前のことでした。
当時2歳だったパチョウくんのお腹が張っていることに気づいたお母さんは心配になり、治療ができる病院を求めて転々としました。
しかしそこで告げられたのは、治療をしても完治が難しいがんであること、そして治療には高額な費用がかかるという現実でした。
「どうせ完治できないのなら、家で家族との時間を大切にし、最期まで一緒に過ごしたい」
そう思い悩んだ末、お母さんは、病院を離れる決断をします。
その帰り道、偶然同じタクシーに乗り合わせた人から、ジャパンハートの存在を聞きました。
「そのとき、息子の将来に少し希望を持つことができました」
暗い闇の中に、かすかな光が差し込んだ瞬間でした。
2024年7月、パチョウくんとお母さんは、ジャパンハート子ども医療センターを訪れました。
退院、そして再び立ちはだかる苦難

ジャパンハートで約4か月間にわたるつらい抗がん剤治療を懸命に乗り越え、パチョウくんは一度、退院を迎えました。その後も月に一度のフォローアップに、欠かさず通院していました。
しかし、2025年11月。
いつも通り検査を受けたその日、医師から血液検査の結果が思わしくなく、再入院が必要であることを告げられます。
「再発していると聞いたときは、息子の体のこと、心のことを考えると、不安でいっぱいになりました。もう治らないのではないかと、胸がどきどきしていたことを覚えています」
こうして、パチョウくんとお母さんの入院生活は、再び始まりました。
笑顔がつないでいく、これからの日々
パチョウくんは、まだ自分の思いや夢を言葉で語ることはできません。
けれど、三輪車に乗って廊下を走る姿や、友達と笑い合う時間の中に、確かな成長が感じられます。
入院生活の中で、たくさんの人と出会い、関わりながら、パチョウくんは少しずつ世界を広げてきました。
再入院当初は、お母さんのそばを離れられなかったパチョウくん。
今ではスタッフに甘え、友達と遊び、自然と笑顔を見せてくれるようになっています。
「最近は、看護師やスタッフとよく遊んでいる姿を見かけます。ベッドに戻りたがらないくらい、遊ぶ時間が大好きなんだと思います」
そう話しながら、お母さんはスタッフと遊ぶパチョウくんを、優しいまなざしで見つめます。その一つひとつの変化が、お母さんにとっては何よりの希望です。

「この病院で、息子が毎日少しずつ成長している姿を見ることができています。再び入院し、つらい治療の中でも、笑顔で過ごせる時間があることが、私にとって本当に救いです。
新病院は施設もきれいで広く、私自身のストレスも以前より少なくなりました」
お母さんとともに笑顔を重ねながら、パチョウくんは今、この病院で自分の歩みを続けています。
「将来は、この子自身の明るさで、周りの人を楽しい気持ちにできる人になってほしいです」
そう話すお母さんの表情は、以前よりもずっと穏やかでした。
闘病のその先で、広がる世界

つらい抗がん剤治療を乗り越えながらも、病棟を走り回り、友達と笑い合い、スタッフに甘えるパチョウくんの姿。
その一つひとつが、確かな成長であり、お母さんにとっての希望です。
治療はまだ続きます。
これからも、抗がん剤治療を続けていく予定です。
不安や困難が、すべてなくなるわけではありません。
それでも、今日よりも明日。
明日よりも、また少し先へ。
お母さんのそばで、たくさんの人に囲まれながら、
パチョウくんは自分の明るさを力に変え、少しずつ前へ進んでいます。
私たちはこれからも、その小さな一歩一歩を、大切に見守り続けていきます。
長期学生インターン 酒井茜音
▼カンボジアでのプロジェクトの詳細はこちらから
https://www.japanheart.org/tag/cambodia/
▼プロジェクトの詳細はこちらから
カンボジア ジャパンハートアジア小児医療センター開設

