現在、ジャパンハートのインターン生として活動する中で、私は医療の現場だけでなく、カンボジアの文化とも深く向き合う機会を得ています。
特に印象的だったのは伝統療法が今も人々の生活に根づき、近代医療の利用に影響を与えていること、そして家族が医療現場で大きな役割を果たしていることです。
カンボジアでは入院の際に家族が必ず付き添い、食事や日常のケアを担います。
病気と向き合うのは患者個人だけでなく、家族全体で支えあう温かな医療の姿がありました。
カンボジアに根づく伝統療法
カンボジアでは、「コクチョール」や「チョップクニョル」といった伝統療法が今も日常の中で広く行われています。
これらは風邪や筋肉のこわばり、腹痛などに対して家庭内で手軽に実践できる医療手段として親しまれています。
コクチョールは金属のコインや陶器の蓋で皮膚をこすり、血行を促進して「悪い血」を排出するとされています。
赤い痕が皮膚に残ることで、体内の不調を改善できると信じられています。簡単に行えるうえ、経済的負担が少ないため、庶民の間で広く用いられています。
チョップクニョルは吸い玉療法とも呼ばれ、ガラスのカップを皮膚に吸い付け、血行を促す方法です。
筋肉の緊張を和らげ、疲労や痛みを軽減するとされ、予防目的でも使われることが多いそうです。
これらの療法は家族内で完結できる安心感もあり、カンボジアにおける「最も身近な医療手段」と言えます。
当院で看護師を務めるブッティさんに話を聞いたところ、彼女の家庭でも代々伝統療法が受け継がれてきたといいます。
彼女によれば、カンボジアでは体調不良時、まず伝統療法を試してそれでも改善しない場合に病院へ行くという考えが一般的だそうです。
とくに小児がんの子どもたちの中でも骨肉腫などの場合、患部の腫れや痛みを抑えるために伝統療法を先に施し、病院を受診するのが遅れることもあるといいます。
実際に病状がかなり進行してから来院するケースも見られ、結果的に重症化してしまうことがあります。
近年は減ってきているとはいえ、いまだに近代医療を受けずに済ませてしまうケースも存在します。
背景には医療費や交通の問題だけでなく、「病院は本当に危ないときに行く場所」という文化的な認識もあるようです。
アイオくんの家族が語る「伝統」と「安心」
この点について、当院に入院しているアイオくんとそのご家族へのインタビューを通じて、カンボジアの伝統医療が人々の生活に深く根づいている様子がうかがえました。
アイオくんは体調を崩した際にはまず家庭でコクチョールを行うなど、伝統的な方法を試すのが一般的だと話してくれました。また、できものができたときには、乾燥させた木の枝を煎じて服用するなどの療法も実践しているそうです。
こうした知識や技術は母親や祖母などから受け継がれてきたものであり、家族の中で代々伝えられているのだといいます。
一方で、伝統療法には病気の正体が不明確なまま対処するという側面があり、近代医療のように診断がつき、治療方針が明確になることに対して、安心感を抱いている様子も印象的でした。
病名がはっきりし、具体的な治療が進められる近代医療は、家族にとっても信頼できる支えになっているのです。
とはいえ、どんなに医療が進歩しても、患者に寄り添い支えるのは家族の存在です。
伝統療法の知恵を大切にしつつ、近代医療へとつなぐ橋渡しの役割を果たしているのが、まさに家族の力だと感じました。
そばにいる力 ー 医療を支える家族の存在
カンボジアでは、入院中の患者に家族が付き添うことが非常に重要な文化的慣習となっています。
食事の準備や洗濯、日常のケアなどはすべて家族が担い、そのため入院時には必ず1名の家族が付き添うことが条件とされています。
ジャパンハートでの活動を通じて、私は患者本人だけでなく、付き添うご家族とも多くの会話を交わしてきました。
その中で感じたのは、「家族ぐるみで医療に向き合う文化」が深く根づいているということです。
病気にかかるのは一人の問題ではなく、家族全体で支え合いながら向き合うという温かな姿勢が、私にはとても印象的でした。日本の医療文化とはまた異なる、もう一つの医療のかたちがここにはあります。
このことを象徴するような出会いが、当院に入院しているソヴァナリーちゃんとそのご家族でした。
母親は入院中に最もつらかった出来事として、娘が視力を失い、歩くこともできなくなってしまったことを挙げていました。
しかし、当院に移ってからは視力が回復し、足の力も少しずつ戻ってきており、「安心して過ごせるようになった」と安堵の表情で語ってくれました。
また、病院でのケアを通じて、娘の回復に強い信頼を持つようになったといい、ジャパンハートのスタッフに対して「天使のような存在」とまで表現してくださったのがとても印象的でした。
さらに、母親自身も心臓疾患と高血圧を抱えていることに触れつつ、それでもなお、娘の回復を信じて支え続けている様子が伝わってきました。
このように医療の現場における家族の役割は、心理的なサポートにとどまらず、医療スタッフとの連携を通じた「治療の一部」としての存在でもあることを私は強く実感しました。
医療を「届ける」とは何か
私がこの活動を通じて最も強く感じているのは「医療を届ける」とは、決して薬や技術を提供するだけのことではない、ということです。
医療従事者との日々のやりとりや信頼の積み重ねを通して、地域の人々の中に「病院は信頼できる場所」「医療は自分たちの味方だ」という意識が少しずつ根づいてきていることを、肌で感じています。
ここには日本のような先進的な医療設備はありません。
けれども、文化を理解し、相手に寄り添いながら信頼を築いていく姿勢こそが、命を守る医療の土台となっているのです。
この現場で出会った人々の姿や言葉は、私自身の価値観やこれからの生き方にも深く影響を与えてくれました。
残りの活動期間も、ここで感じたこと・学んだことを胸に、私なりの「そばにいる力」を考え続け、行動に移していきたいと思います。
長期学生インターン 伊藤大輝
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カンボジア ジャパンハートこども医療センターでの医療活動