サバイディー!(ラオス語で「こんにちは!」)ラオスオフィスの松原です。
ラオスの首都ビエンチャンで推進中の小児固形がん周手術期技術移転プロジェクト(以下、小児がんプロジェクト)。
経済的な背景により病院での治療にまで辿り着かない患者さんが多く、私たちはSNSを通じた広報などにより時間をかけて準備を進めてきました。
2025年7月、関係者の努力と熱意が実を結び、ついにプロジェクト初回の手術活動が実現しました。今回はその様子をご報告します。
実施内容と体制
今回の手術活動は2025年7月、ラオス・ビエンチャンにある国立子ども病院で実施されました。
日本からは田口智章先生(九州大学名誉教授・福岡医療短期大学学長)と川久保尚徳先生(九州大学大学院医学研究院 小児外科学分野 助教)が参加し、ラオス側からは外科部長、腫瘍内科部長、外科医師、麻酔科医師、外科看護師らがチームとして加わりました。
対象となった症例は4件で、そのうちにはウィルムス腫瘍と診断された患者さんの手術や、同疾患が疑われる患者さんへの針生検も含まれています。
手術に先立ち、術前カンファレンスがオンラインで行われ、日ラオ双方の医師が症例ごとの治療方針を検討しました。
実際の手術では日本の医師が執刀を指導し、ラオスの外科医が助手として参加しました。麻酔科医や看護師を含むチーム全体で安全管理を徹底しながら進められました。
術後も患者さんの状態や治療方針について日本とラオスの医師が継続的に共有・相談を行い、フォローを続けています。
さらに、今回の活動ではVuzix社様より寄付でご提供いただいたスマートグラスを日本人医師が実際に使用しました。術者視点での映像を録画・共有することができ、教育的な活用の可能性が示されました。
手術に臨む田口先生(右)とスマートグラスを着用する川久保先生(左)
腎芽腫と向き合う小さな命
プロジェクト最初のサポート患者である、腎芽腫と診断された生後7ヶ月のソンサイくん。
2025年2月に子ども病院を受診し、7月の手術に向けて数か月間、化学療法を続けてきました。
その甲斐あって腫瘍は安全に切除できる大きさまで縮小し、4月には日本の医師によって同院初となる針生検も実施されました。
地元はラオス東部シエンクワン県。ご両親は3歳のお姉ちゃんを親戚に預けてビエンチャンに滞在し治療を続けていましたが、手術当日にはおばあちゃんとお姉ちゃんも合流しました。
幼い息子の手術を前に緊張していたご両親はラオスと日本の医師からの丁寧な説明、そして数か月間寄り添ってきたジャパンハートスタッフの励ましを受け、手術に臨みました。
カンボジアから手術活動の応援にかけつけた白谷看護師と対面するソンサイくん
手術は無事に成功。元気なソンサイくんの様子にご家族は安堵の表情を浮かべ、お姉ちゃんも久しぶりに会う弟をかわいがり、ベッドの上で家族そろってくつろぐ姿がとても印象的でした。
今後は術後の化学療法が控えていますが、早くお姉ちゃんと一緒に地元で暮らせる日を目指して治療を続けていきます。
手術後のソンサイくんを見守るお姉ちゃん
現地医療者の学びと参加
手術に先立ち、川久保先生より外科医師・看護師を対象に小児固形がんの術後管理に関するレクチャーが行われました。
ラオス人医師や看護師たちは多忙な業務の合間を縫って積極的に参加し、多くの質問が飛び交うなど、国際的な安全管理の基準に対する高い関心がうかがえました。
実際の手術では日本の医師が執刀を担当し、ラオスの医師が助手として参加しました。
手術室には研修医を含む多くの医師・看護師が集まり、日本人医師の手技を真剣に見学していました。
限られた機会を逃すまいとする姿勢から、彼らの強い学びの意欲が伝わってきました。
川久保先生によるレクチャーの様子
多くのラオス人医療者が熱心に手術を見学した
挑戦がもたらした確かな前進
これまで、ラオスでは経済的な理由から受診が遅れ、診断時には病気が進行して治療が難しいケースや、治療を始めても費用が続かず途中で断念せざるを得ないケースが数多くありました。
中には、プロジェクトの支援対象となる前に亡くなってしまった患者さんもいます。
「きちんと早期に治療を行えば救える命がある」こと、そして「国内で無償の医療サポートを提供するプロジェクトが存在する」ことをより多くの患者さんとご家族に知ってもらいたい――そんな思いを抱きながら準備を重ねてきました。
今回、初めて手術活動が実現し、ソンサイくんのような症例が生まれたことは今後さらに多くの命を未来へつなぐ大きな一歩だと感じています。
子ども病院の医療者たちはこれまでにない取り組みや針生検といった新しい試みにも積極的に挑戦してくれました。
日本の医師たちも常に「ラオスの子どもたちにとって最善の方法は何か」を考え、現地の状況に寄り添いながら協力してくださいました。
関係者すべての努力と熱意によって、この大きな一歩は実現したのだと思います。
ソンサイくんとそのご家族を支え続けてきた根釜看護師(右)とスタッフのオーエンさん(左)
挑戦の継続とこれから
今回の手術活動を経て、いくつかの課題も見えてきました。
まず、手術前後の患者管理や術後合併症の予防については引き続き体系的な教育と実践の積み重ねが必要であると感じています。
術中の安全管理だけでなく、術後の経過観察や合併症の早期発見・対応は、患者さんの予後を大きく左右します。
今回参加したラオスの外科医師や看護師たちは高い学びの意欲を示しており、今後も症例を重ねながら知識と経験を深めていけるよう、教育体制を整えていくことが重要です。
手術室でガーゼカウントの指導を行う藤井看護師(右)
また、私たちのプロジェクトをラオス国内のより多くの人々に知っていただき、必要な患者さんが適切な時期に医療機関へつながるようにすることも大きな課題です。
これまで、経済的な事情や情報不足により、病気が進行してからようやく受診するケース、あるいは治療を途中で断念せざるを得ないケースを数多く目にしてきました。
こうした現実を変えるためには、首都ビエンチャンにとどまらず、地方の医療機関との連携を強め、地域に根差した広報活動を行うことが不可欠です。
プロジェクトの存在をより広く周知し、一人でも多くの子どもとその家族を治療につなげていきたいと考えています。
これらの課題に一つひとつ取り組みながら、ラオス国内で小児固形がんの治療を完結できる体制を築いていきたいと思います。
次回の手術活動は2025年11月の実施を予定しており、今回の学びを踏まえて、さらに安全で効果的な治療と教育の場となるよう準備を進めていきます。
参加した先生からのメッセージ
今回の手術活動に参加いただいた先生からラオスの人々に向けたメッセージをいただき、ジャパンハートラオスのSNSで紹介しています。
ここではそのメッセージの一部を抜粋してお届けします。
◇◆田口智章先生(九州大学名誉教授・福岡医療短期大学学長)◆◇
小児がん治療を国立子ども病院に集約し、外科・内科・看護を含む医療チーム全体のレベルアップを進めることが重要です。早期発見と治療の仕組みが整えば、ラオスの状況は大きく改善するでしょう。
◇◆川久保尚徳先生(九州大学大学院医学研究院 小児外科学分野 助教)◆◇
ラオスの医療者が力を合わせ、自ら小児がんを治療できるようになることを願っています。子ども一人の命を救うことが、未来を大きく切り拓くと信じています。
小児がんプロジェクトは、皆様のご支援に支えられながら、困難の多い挑戦においても確かな成果を積み重ねています。
今後もラオス事業への応援をよろしくお願いします!
ラオスオフィス 松原 遼子
▼プロジェクトの詳細はこちらから
ラオス 国立子ども病院での小児固形がん周手術期技術移転プロジェクト