サバイディー!(ラオス語で「こんにちは!」)ラオスオフィスの松原です。
ラオスの短い冬が終わり、首都ビエンチャンでは30℃を超える日が増える3月。
ジャパンハートが甲状腺疾患治療事業並びに技術移転プロジェクト(以下、甲状腺プロジェクト)を推進する北部ウドムサイ県では、まだ朝晩寒いと感じることもあり、地域による気候の違いを実感します。
今回はそんな3月のウドムサイ県で実施した手術活動についてご報告します。
今回も日本から、一般社団法人日本内分泌外科学会に所属する2名の専門医の先生と、1名の見学ボランティアの先生にお越しいただきました。
11名の患者さんの手術を予定していましたが、直前の検査結果などを考慮し、2名がキャンセルとなりました。
今回は手術ができないと聞いた患者さんの残念そうな顔をみて毎回感じるのは、この土地で長期的に患者さんのコンディションを安定させることの難しさです。
この点について、甲状腺プロジェクトの担当者である関山看護師に聞いてみました。
(関山看護師より)
キャンセルとなった理由は血糖値の高さと不整脈でしたが、定期的な健康診断が定着していないためこういった生活習慣病の症状が見逃されていたり、検査や治療をするかどうかも本人次第で放置されがちであったりして、手術直前に判明することがよくあります。
また、ラオスという国ではコンディションをコントロールする手段が限られているという背景もあります。
例えば、今回キャンセルとなった患者さんのうち高血糖が理由だった方は、本人も症状を認識しており、手術を受けるために薬の内服や食事・運動にも気を付けてコントロールを頑張っていましたが、数値としては結果が出ていませんでした。
日本であればインスリンを使うという選択肢もありますが、ラオスではインスリンの供給が不安定、薬を保管する冷蔵庫が家にない(あっても停電が多く保管に適さない)、針の管理や清潔保持の知識が不十分、そしてそれらを賄う経済力などの問題で、日常的にインスリンで血糖値をコントロールするのは一般的ではありません。
他の全身状態が良くてもそこをコントロールする術がないと、手術にもっていけない事が難しい現実です。
その患者さんの手術を行うかどうかの最終的な判断は、日本の先生とウドムサイ県病院の内科・麻酔科の先生に相談して決定してもらっています。
手術後も患者さんの生活が続いていくことも考慮し、病院がフォローアップできるかどうかという点も踏まえて、地域の事情を最もよくわかっている現地の先生方の意見をできるだけ尊重したいと思っています。
しかしながら、手術できないとなると患者さんの落胆は伴いますので、どれだけ事前に医療者が介入できるかが重要に思います。
こういった生活習慣病はいちどかかったら経済的にも治療が難しくなるので、かからないよう予防するのがいちばん大切です。薬以外の生活習慣を改善してもらわないといけないため、日本人が指導するよりも現地の人たちの感覚で指導してもらった方が良いと感じており、ウドムサイ県病院の医療者とどのように協力していくか模索中です。
術前診察を行う菊地先生
エコー診察を行う北村先生(左)と東城先生(右)
ウドムサイ県病院の内科医師と患者さんについて話し合う関山看護師(左)
手術では、前回1月の手術活動に続きラオス人医師が全症例を執刀しました。
日本人医師が指導してくれるときに、少しでも多く経験を積みたいというモチベーションの高さが感じられます。
多くの症例はラオス人医師だけでほぼ完結でき、自信をもって手術に臨んでいる様子がうかがえました。
一方で、出血の対応などにより日本人医師に交代をお願いする場面もあり、より高度な安全管理が今後の課題と言えます。
後日、執刀したラオス人医師からも、術中の出血管理の技術を高めたいとの申し出がありました。
患者さんにとって安全な手術が行えるよう、私たちも現地医療者のニーズや課題感の理解に努め、残りのプロジェクト期間での技術移転を進めていきます。
菊地先生(上)北村先生(下)による手術室での指導の様子。
日本語通訳Judyさんの質問に答える東城先生(左)
今回の手術活動を踏まえ、次回の5月の手術活動に向けた思いを関山看護師に聞きました。
(関山看護師より)
次回5月はプロジェクト2年目最後の手術活動となります。
今年11月から始まるプロジェクト最終年の残り4回の手術活動をいかにウドムサイ県病院主体でやれるか、雨季を使った準備期間を前に、ウドムサイの医療者自身が認識している課題を確認し、改善点を明確にするための5月だと考えています。
現在はまだ、ウドムサイ県病院の医療者は自分たちが教えてもらう立場だとの感覚がありますが、最終的には、一緒に手術を行うために日本の先生を自分たちのフィールドへ招くという意識を持ってもらいたいと思います。
例えば、自己紹介や手術前後での患者さん情報の擦り合わせも、日本人の先生と一緒にやるからこそ、主体的に行ってほしい。内科の先生はどの患者さんを手術するのか日本人の先生と一緒に決められるように提案し、外科の先生は手術前の患者さんへの説明や手術方法の決定は日本人の先生任せでなく一緒に行う。そのような関係性を目指しています。
退院前の患者さん全員と
最後に、活動に参加いただいた先生方、そして日ごろからご支援をいただいている皆さまに厚く御礼を申し上げます。
今後もラオス事業への応援を宜しくお願いします!
ラオスオフィス 松原 遼子
参加いただいた先生からのメッセージ
◇◆野口病院 外科部長 菊地 勝一 先生◆◇
ラオス甲状腺手術支援2025年3月活動として北村先生、東城先生と参加しました。
11例予定が2例中止になり9症例参加しました。手術執刀はラオス外科医オン先生とコンペット先生で行い、私と北村先生は助手サポートに入りました。
現地のヨード不足や検診制度のない背景から、手術症例は頚部に大きな腫瘤(甲状腺推定重量200-300g平均)を主訴に訴えるもので、手術術式は亜全摘症例2例、葉切除7例でした。
現地の医療状況を考えて、全摘による合併症が起こった時の対応困難、甲状腺ホルモン剤、カルシウム剤の入手のハードル、進行がん症例のRI治療不能、等の条件から全摘はできるだけ避ける方向で決めた術式でした。
ラオス外科医によってほぼ手術できるレベルでしたが、3症例ギブアップされ術者交替した症例がありました。
甲状腺上極血管処理で出血に難渋2症例、反回神経判定困難症例1例でした。
日本ではエネルギーデバイス、神経刺激装置など使用すれば困難なく処理できた症例と思います。
後からオン先生とコンペット先生に感謝されました。
巨大結節症例ばかりで、甲状腺けん引による、一過性神経麻痺を思わせる1症例以外、術後合併症なく全症例無事退院されました。術中の微妙なところの操作の指示は、ラオス語通訳を通じて行うことができました。
手術器具は、ペアン、モスキート、コッヘル、メッツエン、筋鈎、バイクリル(機械結びで数回使う)のほか、伊藤病院から提供されたバイポーラーシザーズがあり、これだけでも十分手術は可能でした。血管の発達した症例が多く、残し側だけでなく、取り側の結紮もしていました。
閉創時の麻酔科と連携によるバルサルバなども問題なく行え、止血確認はよかったと思います。
麻酔ガスは日本では1時代古いイソフルレンが使われていました。麻酔導入、抜管も問題なかったと思います。
また機械だしナースはこれまでの経験からだいぶ慣れていて、日本語で機械の名前で出してくれました。
外周りの看護師はJHの関山看護師さんで、手術室ナース、リカバリールーム、病棟、外来看護師までの指示、管理をやっていて、非常にハードな仕事を一手に引き受けていました。
日本でICU経験がありドクター、看護師スタッフへの指示を的確に行っていました。
暑いカンボジアでジャパンハートの病院における術後看護もしていたとのことで、身体的にも精神的にもタフな看護師さんと思いました。
また前後の内分泌外科医とのオンライン調整、手術前後患者の調整、診療など多岐にわたる業務ご苦労様です。
看護師のナースの数、仕事分担も必要だと思います。
赴任前、オンライン会議で結核、患者の感染症検査の確認をました。この手術活動では全例HB、HC、HIV感染チェックを行っており、その結果で手術日程を変更することもあります。
手術前の診察では、ラオス内科ドクターと日本ドクター(北村先生)の超音波検査、菊地による、術前データの確認と手術術式の決定、合併症の説明、ラオス麻酔科の説明の流れで通訳を交え同室でおこないました。待機患者さんは建物の外で待っている半青空診療でした。
次回手術予定患者の決定、前2回プロジェクトで行った患者の術後経過観察も同様の順番で行いました。青空診療で沢山の患者さんが外で待機していました。
また松原さんをはじめとするジャパンハートスタッフによるその他の身の回りのサポートには大変感謝しています。
赴任前オンライン、飛行機のオンラインチェック、ビエンチャン飛行場の出迎え、宿泊、ビエンチャンーウドムサイへの新幹線移動、ウドムサイ病院への移動、朝、昼、晩食事、ゲストハウス宿泊、帰国時の観光、ありがとうございます。
大変な業務であったのにもかかわらず、笑顔で対応してくれたのに大変感謝しています。
個々のジャパンハートスタッフと話をしても、様々なバックグラウンドの方が来られ、また新たな発見がありました。
以前タイ、バンコク、ウボン県での経験が出国前のワクチン接種に有効でした。
今回参加していただいた、北村先生には、京都、金沢の話、東条先生は、岡山、高知、広島の日本だけでなく、ニューヨーク、バッファロー、ハンガリー、ウクライナ戦争時の話まで聞けました。
帰国後、ミヤンマー地震があり、現地の人々、ジャパンハートの皆様の安全、ご無事を祈願しております。
この機会を提供してくれた日本内分泌外科学会理事長原先生、ジャパンハート吉岡先生はじめスタッフの皆様、ラオス外科医はじめとするスタッフ、野口病院の皆様に感謝します。
◇◆金沢医科大学頭頸部外科学 主任教授 北村 守正 先生◆◇
2025年3月にウドムサイ県病院でのラオス甲状腺治療技術移転プロジェクトに参加させていただきました。
今回は9件の手術を行い、すべてラオスの外科医2名に執刀してもらいました。術中に出血が多くなり、彼らが執刀を交代してほしいと申し出るまで粘り強く彼らを見守り、手術を行ってもらいました。
手術のコツをかなりつかんでくれたのではないかと思います。
また今回、内科の先生ともしっかり連携を取りたかったのですが、大変お忙しいようで、十分な時間を取ることができませんでした。これは次回5月のプロジェクトでの課題かと思います。
医療資源が乏しいラオスの環境の中で手術を行う機会をいただき、改めて自分たちが恵まれた環境で医療活動を行っていることを再認識しました。
厳しい環境の中、患者家族や現地医療スタッフ、そしてジャパンハートの皆様が、献身的に患者を支えている姿を目の当たりにし、自分のこれまでの診療を見直すいい機会となりました。
今後も機会がありましたら、何らかの形で支援を継続したいと思います。
厳しい環境の中で様々なプロジェクトに尽力しておられるジャパンハートのスタッフの皆様に、心から敬意を表すとともに、さらなる発展をお祈り申し上げます。
◇◆広島市民病院外科 東城 叶 先生◆◇
研修医として見学ボランティアで参加させていただき、国による文化の違いが与える医療現場への影響など多様な体験をさせていただきました。
ラオスの病院の今も昭和の時代が残るような入院介護の現状に驚かされましたが、泊まり込みで患者様の身の回りのお世話をする家族の繋がりが、患者様の励みと安心につながり、回復も早いように思いました。
人の繋がり、家族の繋がりがいかに大きな力であるかを学びました。
また、救える命のためには先進医療技術の共有も必要不可欠である事を実感しました。医療協力による最善の治療には、文化の相互理解と尊重、そして何よりコニュニケーションが必要不可欠である事を感じました。
そのために祖国との相互理解にご尽力されるジャパンハートのスタッフの方々からは、コニュニケーションに必要なたくさんの工夫や方法を学ばせていただきました。
思いをはっきり言葉で伝え、笑顔で接し、たとえ言葉が通じなくてもオープンマインドでいる事を大切にし、これからも何かしらの形で活動に関わらせて頂きたいと思います。
まだ医師2年目の駆け出しの時期にこのような貴重な経験をし、新たな視点から医師としての在り方を考えるきっかけを頂けて感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
▼プロジェクトの詳細はこちらから
ラオス | 北部・ウドムサイ県での甲状腺疾患治療事業並びに技術移転活動