活動レポート

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想いが込められたバトンを繋ぐ役割
up 2020.02.27

想いが込められたバトンを繋ぐ役割 カンボジア 看護師 ボランティア

アロースースダイ(クメール語の挨拶です)。
国際看護師研修にて半年日本の離島、半年カンボジアで看護師として活動した後、帰国してまた離島で8カ月間働いて、またまた今年の1月からカンボジアに戻ってきました、松見です。

早カンボジアに戻ってきて2カ月…研修生の時も研修生として求められる役割を模索し、もがいていましたが、今も尚、時が経っても“今”自分に求められている役割とは何なのだろうかと考えます。

私にとって海外でボランティアをすることはかつて夢でした。
純粋に貧しい人など社会的に弱者とされる人々の力になりたいと思っていました。しかし、そう簡単にはいきません。知識も技術も経験も乏しい中で現場の力になれるのか、自己満足の援助に終わってしまうのではないだろうか。ボランティアは偽善なのではないだろうか。色んな意見や声があります。大学生の頃卒業論文で「ボランティア」の意義やあるべき姿について書いたくらい私にとって、ボランティアをすることは奥深いものなのです。
ボランティアとは…だけでも語りだしたら長くなりなりそう…。

なので、話を戻しますが、よく「海外の医療現場は大変そうだし、なんでそんなに自己を犠牲にして他人のために頑張ろうと思うんですか?」みたいなことを言われるのですが、私がいつもそう言われた時思うのは「やりたくてやっている」から大変なことも頑張ろうと思えるし、「自分で決めたから」なにかきついことが起こっても誰のせいでもなくて自分の責任で覚悟を持って向き合える、行動できるということなんです。

患者さんが元気になっていくこと、笑顔になってくれることは嬉しいし、たとえ病気は治らなくてもその人の人生にとって心救われるような助けとなれる(かもしれない)こと、尊い一つ一つの命と向き合うことで直面するその深さを実感すること…その機会自体がすごく貴重なことだし幸せなことだし、自分自身の人生が豊かで、意味づけられる瞬間だなと日々臨床にいて感じています。

だからそのために大変なことやつらいことがあっても仲間とともに協力して乗り越えていこう!と頑張れるのだと思います。むしろ困難にこそやりがいがあったりもする気がしています。

それと、ここに集うスタッフと信頼関係を築きあげ、ともに患者に向き合っていくことで気づかされることがたくさんあります。カンボジア人と日本人がお互いのいいところを認め合いながら、苦手なところを補い合いながら、どうしたらより患者のためになるのかみんな本気で考えています。
時に、カンボジア人スタッフの成長を目の当たりにして頼もしく思い、日本では忘れかけていた彼らの鋭い感性に私自身が心揺さぶられることもたくさんあります。
そういう時、他者へのリスペクトや感謝の気持ちとか、人として本来当たり前であるのにどこか自分本位になることで忘れてしまう大切なことに、まっすぐに向き合える場所にいるんだなと感じるのです。
現場では、与えるよりも与えてもらっているということを意識して考えています。だからこそ謙虚に日々自分にできる精一杯で現場にとっての本当のニーズを汲んで、本当の意味で役に立っているってところまで努力したいなと思います。それが頑張りの原動力なのかもしれません。

想いが込められたバトンを繋ぐ役割 カンボジア 看護師 ボランティア

……と、なんだか偉そうに書いていますが、こういう姿勢に気づかせてくれたのは吉岡先生をはじめ、このジャパンハートにこれまで関わってくださった多くの人々のおかげということに最近気づきました。このことは、前から気づいてはいたのですが、それをより意識するようになりました。

正直現実は厳しく現場は目まぐるしく変化していきます。着いていくのだけで必死な時もあります。
でもそんな中で、自分が研修生の頃から現場で背中をみせてくれたスタッフの方々が確かに繋いできた想いがこもったバトン。そのバトンを受け取って、今私はどうやって走っていくべきなんでしょうか。多く方々の熱い想いがこもった寄付やボランティアでここまで続いてきた“今”を担う身なんだと思うと、自分の役割に責任をすごく感じます。

だからこそ今の現場に必要なことをちゃんと考えて行動したい、行動できる人になりたいと思っています。
大きな一歩もこつこつした毎日の小さな一歩から。課題は山積みだし、器用なことはできないけれど、チームの一員として私らしくこれからも頑張ります。

長期ボランティア看護師 松見瑛莉子

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