地方の小さな村や町にも、医療の道を志す若者たちがいます。けれど、経済的な理由でその夢を諦めざるを得ないこともあります。
25年度、そんな若者18名が「夢の架け橋プロジェクト」に応募し、厳しい試験と面接を経て、最終的に5名が新たに奨学金候補生として選ばれました。
ジャパンハートの「夢の架け橋プロジェクト」は、医師・看護師を目指す地方の優秀な高校生を対象に、進学を支援する奨学金事業です。2011年に始まり、家庭訪問や学力試験、面接を経て支援対象を厳選。これまで30名が卒業し、現在は22名がプノンペンの事務所で共同生活を送りながら学んでいます。ひとりの奨学金生に対してひとりの支援者(里親)が寄り添い、資格取得まで伴走します。
本レポートでは、インターンの私が選考過程に同行する中で目にした、候補生たちのひたむきな姿と、長年この事業を支えてきたスタッフの真剣な選考の様子をお伝えします。
現在、プノンペンで共に生活する現奨学金生たち
選考の道のり
顔合わせ(5月30日)
プノンペンにあるジャパンハートのオフィスで行われた顔合わせ。候補生たちは緊張しながらも、スタッフの話にまっすぐ耳を傾けていました。
医療現場で活躍する先輩の話に目を輝かせる一方で、「合格しなければ支援は受けられない」「留年すれば返済になる」という現実に、不安な表情を見せる学生も。それでも質疑応答では、成績や家庭訪問について積極的に質問があがり、自分の力で未来を切り拓こうとする前向きな姿勢が感じられました。
奨学金事業の担当スタッフは、「本当は18人全員を支援したい」と語ります。その言葉には、選ぶ立場としての思いや葛藤が込められていました。
家庭訪問(6月20日・24日・27日)
候補生たちの家庭を、3日間かけて訪問しました。舗装のない道を進み、牛や鶏が歩く田舎の風景のなか、一軒一軒をたずねていきます。
病気の父と高齢の祖母を支える学生、母ひとりで3人の子どもを育てながら、息子の夢に希望を託す家族…。
家庭訪問を通して、それぞれが抱える事情や強い想いに触れました。こうして得られた背景をもとに、18名の候補生のうち14名が最終選考へと進むことになりました。
試験・面接(7月4日)
朝8時からの筆記試験に向けて、7時前には会場に到着する候補生の姿もありました。遠方から来た学生も多く、夜明け前からの出発だったのでしょう。
試験内容は、現役の奨学生が作成した数学・物理・化学・英語。いずれも日本の高校2〜3年生レベルの難易度です。午後の面接では、自分の夢や家庭の状況について、一人ひとりが言葉を尽くして語ってくれました。緊張しながらもまっすぐに思いを伝える姿から、この3か月間の成長と覚悟が感じられます。
最終的に、スタッフによる慎重な協議の末、医師を目指す3名と、看護師を目指す2名の奨学生が選ばれました。その背後には、それぞれの家族の思いや歩んできた人生があり、選考の重みと責任の大きさをあらためて実感しました。
卒業生の今:ラクスメイ看護師の物語
ラクスメイ看護師は、この奨学金事業を通じて看護師となった卒業生のひとりです。選ばれたときには、努力が認められたことへの誇りと、経済的な不安が少し軽くなったといいます。
しかし、多くの優秀な学生と競い合うなかで、「自分は本当にふさわしいのだろうか」と自信を失いかけたことも。それでも、家族のためによりよい未来をつかみたいという強い想いが、彼女の背中を押し続けました。
現在は、ジャパンハートこども医療センターで看護師として働いています。
「ここでの仕事は、ただの職業ではなく使命です。時には家族の唯一の希望として向き合うこともある。その責任を感じながら、日々患者さんと向き合っています」と語るラクスメイ看護師。
支援してくれた里親さんへの感謝も忘れません。
「愛情と優しさで支えてくださった里親さんの存在が、私の土台になりました。言葉では言い尽くせないほど感謝しています」
そう語る彼女の姿には、自分の道をしっかりと歩んでいる強さがありました。
地域医療と国の発展を結ぶ人材を育てるために
医療体制がまだ十分とはいえないカンボジアでは、都市と地方の教育格差が拡大し、医師国家試験の水準も年々高まっています。地方出身の学生が都市部の教育レベルに追いつくのは、以前よりも難しくなっています。
こうした中、最高顧問の吉岡医師は「奨学金事業は、単に優秀な学生を支援する制度ではなく、私たちが目指す医療の未来にふさわしい人を育てるための取り組みです」と語ります。しかし、その理念を実現する道のりは容易ではありません。長年にわたり制度を支えてきたスタッフは、「たとえ試験結果が振るわなくても、“伸びしろ”や“底力”を感じる学生もいます。本当はそうした可能性を信じたい。でも今の試験制度では、そうした面だけで評価するのが難しい現実があります」と話します。
それでも、努力を重ねて這い上がり、最終的に見事な成果を収めた奨学金生も少なくありません。奨学金を受けた学生たちが夢を実現し、やがて都市と地方の医療をつなぐ存在になる。それこそが、この制度のめざす姿です。
ジャパンハートが展開する医療支援を、この国の発展に即した形で根づかせるためには、学生一人ひとりの想いだけでなく、組織が描く未来と響き合う人材を育てていくことが欠かせません。この奨学金事業を通じて、一人でも多くの若者が夢を叶え、地域医療と国全体の発展を結ぶ存在となることを、私たちは心から願っています。
長期学生インターン 小野澤真由
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カンボジア 夢の架け橋プロジェクト ~カンボジア奨学生支援~