「私の夢は日本で看護師になること。少し時間はかかるけれど、その夢が叶うまでは絶対に諦めずに頑張ります。」
そう言ってブーシーは笑顔で日本へ旅立って行きました。

2010年12月、7歳でミャンマー東部、タイとの国境に近いシャン州チャイントンから、開設当初の児童養育施設Dream Train にやって来ました。
その当時の写真には、まだあどけないブーシーの姿があります。


8人兄弟の2番目で、勉強をしたくても経済的な問題で十分な教育を受けることが難しかった彼女は親元を離れてヤンゴンで勉強することを選びました。
たくさんの子どもたちと共同生活を送る中で、物静かなブーシーはあまり目立つ方ではありませんが、とても意志が強く、勉強も施設内での役割もコツコツと真面目にこなしてきました。

そして高校卒業と同時に「ここまで育ててくれたセヤージ(ミャンマー語で大先生=最高顧問の吉岡秀人)の手伝いをしたい」と、2022年からはワッチェ病院の看護スタッフとなりました。
そしてその言葉通り、ここでもコツコツと医療や手術に関する勉強やトレーニングに取り組み、時には思う通りに出来なくて悔し涙を流すこともありましたが決して諦めることなく、吉岡の執刀する手術のサポートも十分にこなせるまでに成長しました。
そして幼い頃から「看護師になりたい」という夢を抱いてきたブーシーは、いつも患者さんの側でゆっくり話を聞いたり、優しく声を掛けて接します。

手術前で怖がっている子どもの不安を少しでも取り除こうと、優しく寄り添うブーシーの姿がいつもありました。
でもミャンマーは看護学校の数が限られており、看護師になるのはとても狭き門なのです。
そんな環境で働いていくうちに、日本に行って看護師を目指すという夢を持つようになります。
もちろん外国人が日本で看護師になるというのは、言葉の問題もありそんなに容易いことではありません。
でもブーシーは、まず日本で介護の勉強をして介護士として働いて社会経験と日本語能力を身につけた上で、日本の看護学校に入学するという明確な目標を持っています。
なので、ワッチェで看護スタッフとして夜勤も含む勤務もこなしながら、オンラインで日本語を勉強するというハードな生活もこなして来ました。
そして今回、まずは日本で介護士を目指すという夢のスタート地点に立ち、清々しい笑顔で日本へと旅立ちました。

日本にはすでにワッチェで共に働いてきたスタッフが2名います。
今頃は日本での再会を喜び合い、そしてその2人から色々なアドバイスを受けながら、共に頑張っているはずです。
幼い頃から親元を離れて、夢に向かって歩んできたブーシー。
もちろん、日本に行ってからも色々と大変なことや困難にもぶつかるかも知れませんが、彼女なら大きな夢も叶えられると信じ、ワッチェのスタッフたちと共にこれからもミャンマーから応援しています。

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