活動レポート
カンボジア
2026.07.31

カンボジアでの3ヵ月を終え、1年間の研修生としての期間を終了した藤井看護師。その後、アドバンスドナースとして引き続きジャパンハートに在籍する選択をした背景に迫ります。
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※国際看護師研修(現メディカルチーム)修了後、一定の条件・評価基準をクリアした看護師。現在この制度は終了。
島根県の隠岐諸島にある隠岐島前(おきどうぜん)病院で、訪問看護を中心に携わりました。
日本の病院では医療者の時間軸で患者さんが動く形が多い一方、ミャンマー・カンボジアの訪問看護は医療者が患者さんの時間に合わせていく感覚でした。
その心地よさから訪問看護や地域医療をもう少しやってみたいと思い、担当者に話したところ「隠岐の島がいいんじゃないか」と勧められ、行かせてもらいました。
アドバンスドナースの期間が半年単位だったので一旦終了したのですが、「半年だけじゃなかなか分からないだろうから、もう少しいたらどうか」と言われて。確かにそうだなと思って、結果としてトータル1年間、隠岐にいました。
いくつかありますが、一つは、隠岐で手術が必要な患者さんが来たときに手術室が閉鎖されており、ヘリも船も出せない状況で朝まで待つしかなかった経験です。
手術室看護師として働いてきた経験があるだけに、何もできないもどかしさを強く感じ、「手術室のある病院に戻ろう」と思いました。
一方で、本土から島に戻った患者さんを「お帰り」と迎え入れる場面や、自宅に帰った患者さんが家族の顔を見て笑顔になる瞬間も目にし、手術前後や家族も含めた関わり方をしたいという思いも芽生えました。
ちょうどそのタイミングで「カンボジアに行ってみませんか?」と声をかけてもらい、2017年に戻ることを決めました。

オペ室にも入っていましたし、病棟の業務もやっていました。あとは出張診療活動もやっていましたね。
当時は現場でやりたいことをやって、カンボジアのスタッフたちとも楽しく過ごせた3年間でした。
特に、自分がメインでやってきた業務をカンボジア人スタッフに引き継いでいくところは難しかったですね。
自分でやってしまった方が早いことも多いのですが、あえて任せて黙って見守る——その精神的な負担はかなりのものでした。
自分の存在意義を問い直す場面もありましたが、実際に手放してみると「すっきりした」と感じる瞬間がありました。
今では現地スタッフが私がやることはほとんどないくらいまで成長してくれています。
そうですね。当時はみんなほぼ新人だったので、安全をどう守るかというところも含めてかなり大変でした。
ただ、今はその頃新卒で入ってきた子たちがリーダーとして下の世代を教えている姿を見ています。本当に誇りだなと思います。

その時は「もう戻らないだろうな」と思っていました。
カンボジアのスタッフに会いに顔を出すことはあっても、ジャパンハートに戻って働くことはもうないだろうと、区切りをつけていました。
コロナ禍でオンライン交流が増えるなか、感染防止のためスタッフ間の行き来が制限され、気持ちの溝が生まれているという話を聞きました。
「みんながこんなに大変な思いをしている時に、私は一体何をしているんだろう」と感じました。
また、派遣で働いていた時に、ある患者さんの表情が面白くて思わず笑ってしまった瞬間、「そういえば私、全然笑っていなかったかもしれない」と気づいたんです。カンボジアにいた時は、生活そのものに色があったように感じていました。
自分にできることがあるなら、もう一度戻れたらいいな、という気持ちが募っていきました。
モチベーションはやはり、現地スタッフの成長ですね。
入職時から知っている子たちがリーダーとして病院を動かす姿を見たときの嬉しさは格別です。
もちろん私一人が関わったからではなく、本人たちの力も、他の日本人スタッフの関わりもあります。
でも、そうした成長を見られること自体がやっぱり嬉しいですし、モチベーションにつながっていきました。

感情がプラス100からマイナス200くらいまで振れることもあって、その感情に振り回されるのは正直大変です。
でも、こういう感情の振り幅は、おそらく日本にいたら感じることはなかっただろうと思います。
大変ではありますが、この感情と向き合っていくにはある程度の覚悟を持ってやらないと、感情に折れてしまうこともある。だから、やっぱり覚悟が大切ですね。
そうですね。たくさんの人と関わり、たくさんの人に助けてもらってきた——ここまで人に感謝できるようになったのは、やっぱりジャパンハートのおかげだと思っています。
小児がん病棟での経験を通じ、すべての患者さんを救えるわけではないなかで、「もう少しできたのではないか」と思う場面をたくさん見てきました。
患者さんだけでなく、ご家族にとっても「いい人生だった」と思って最期を迎えられるような関わり方をしていきたいと思っています。
「よく頑張ったね」「よかったね」そう言って送り出せるような存在でありたい。
話していて改めて気づいたのですが、この思いは研修生時代の「自分自身も最後に『いい人生だったな』と終われたら」という気持ちにもつながっています。
そのように思えるようになったのも、ジャパンハートに参加し、活動に関わらせてもらったからだと思っています。
