活動レポート

ラオス

2026.10.11

【ラオス】【根釜看護師インタビュー・前編】ラオスで小児がんに向き合う―0からプロジェクトを進めてきた看護師の想い

【ラオス】【根釜看護師インタビュー・前編】ラオスで小児がんに向き合う―0からプロジェクトを進めてきた看護師の想い

ラオスの首都、ビエンチャンの国立こども病院で小児がんの治療に携わる根釜看護師。
これまでの軌跡と秘めた想いを伺いました。

根釜看護師とジャパンハート

ジャパンハートに関わるまでの経歴をお伺いしてよろしいでしょうか。

大学病院の集中治療室で働いたのち、語学留学でイギリスへ行こうと思って一度仕事を退職しました。
ただ、コロナで飛行機が飛ばず、行けなくなってしまって…。また、別の大学病院で4年ほど働きました。
コロナが明けて海外に行けるようになり、今度こそ海外へ行きたいと思った時、以前とは違い、「看護師として海外に行きたい」と思いました。
それでジャパンハートの活動に参加することを決めたのです。
JICAなど他の機関は公衆衛生が中心のなか、ジャパンハートは医療行為ができるのが僕にとっては大きな魅力でした。
自分がやりたいことをやって、結果的にそれが誰かのためになれば…そんな気持ちでしたね。

国内の離島・へき地で活動したのち、海外へ行ったのでしょうか?

はい、2023年4月から半年間、山形の新庄でへき地医療に携わった後、カンボジアのジャパンハートこども医療センター(現・ジャパンハート医療センター)で活動しました。
その間、能登の震災の際には現地での活動に参加させてもらうこともありました。

【ラオス】【根釜看護師インタビュー・前編】ラオスで小児がんに向き合う―0からプロジェクトを進めてきた看護師の想い

もともとはカンボジアで一年活動して帰る予定でしたが、ラオスに行かないかと声をかけてもらって活動地をラオスに移しました。
実は最初にジャパンハートを選んだ時、浅はかにも医療者しかいないと思っていました。
でも実際に活動して、医療者だけではなく、バックオフィスの色々な職種の人がいるからこそ成り立っていることが分かったのです。

例えば「現地に来る医師は誰が手配しているのだろう」とか「この資金はどこから出てくるのだろう」と考えた時に、たくさんの人が関わってこそ活動できているのだなと思いました。
見た目の上では医師が来てオペしてくれて“ありがとう”となるけれど、そこには現地の人も含め、多くの人が関わってオペができていることをカンボジアに行って知りました。

医療者として働くだけではなく、マネジメントの観点にも魅力を感じていたタイミングでちょうどラオス異動の声がかかりました。
一年だけだと自分がやりたかったことは達成できても、継続しないとできないことを成し遂げるためには一年じゃ足りないなというのを感じていたので、今もジャパンハートにいるという経緯になります。

確かに、自分のやりたいことをやるのもいいですが、「こうやらざるを得ない」といったことにも取り組むからこそ視野が広がったり、自分のできることが増えていくことに面白さを感じたりしますよね。

そうですね。メディカルチームって一年で活動終了なので、自分の経験のためだけにやりたいことをやって帰るのも良いかもしれませんが、それをどうやって組織に還元していくかというところを考えると、もったいないなとカンボジアにいる時から思っていました。

カンボジアからラオスへ―ラオスでの小児がんプロジェクト

ラオスの話が出た時、僕が今担当している小児がんプロジェクトが色々と課題があり、医療活動が始まっていない段階でした。
でもラオスに行くのならスタッフになって、プロジェクト期間の2年半は絶対にやると決めてラオスに来ました。

カンボジアとラオスで環境は違いますか?

カンボジアのように自分たちの病院で活動するのと、ラオスの国の人たちの病院で活動するのは本当に大変さが違うなと思いました。
カンボジアのジャパンハートの病院で働いている人たちは給料が低くても日本のやり方を学びたいとか、ジャパンハートの理念に共感して自ら入ってきているスタッフが多いので、介入のしやすさがあると思います。
病院開院から築き上げてきた信頼があるという点でも全然違います。
ラオスの病院だと、もちろん価値観や文化も違いますし、モチベーションにも違いがあるので、その点は難しいと感じますね。

自分たちのやり方でできる自前の病院と違って、あくまで先方の病院ですものね。ありがたいと思ってもらえることもある一方で「面倒だな」と思われてしまうこともあるのかもしれないですね…

安全管理の意識にも違いがあり、ラオスの人からするとただ仕事が増えたと感じることがあるかもしれません。
僕が最初に行った2年前、プロジェクトはすでに始まっているはずなのに、ジャパンハートの名前もプロジェクトの内容も誰も知らない状態でした。
皆から大変と言われていたけれど、ここまでかと思うほど本当にゼロからのスタートでした。ただ、それが逆にやりがいにもなりましたね。

【ラオス】【根釜看護師インタビュー・前編】ラオスで小児がんに向き合う―0からプロジェクトを進めてきた看護師の想い

 

▼【根釜看護師インタビュー・後編】文化や価値観の違いを乗り越えて、救いたい命
2026年10月20日(火)に公開予定です。