活動レポート
ミャンマー
2026.09.26
メディカルチームの看護師としてミャンマー・ワチェ慈善病院の手術ミッションのサポートに入ってくれた冨田瑠菜さん。5日間に渡る活動に携わる中で出会った4歳のミョーミョーちゃんと、現地スタッフとともに患者さんの命に向き合った経験を通して、ミャンマーで医療を届けることの意味、そして看護師として患者さんに寄り添うことの大切さに気付いたそうです。
その「現場で感じたこと」「現地看護師との協働」そして「一人の患者さんとの出会い」を通して見えた「医療が未来を変える力」について語ってくれています。
8月7日~11日にミャンマーザガインにあるワチェ慈善病院での手術ミッションに参加してきました。
5日間で計42件の手術を行いました。
私は8年前の2019年に一度ミャンマーを訪れており、情勢が変わった今ミャンマーはどうなったのか、またJapan Heart の始まりであるミャンマーは一体どんなところなのか、カンボジアとの違いは何か、期待半分緊張半分でミャンマー入りしました。
ヤンゴンからマンダレー空港に降り立ち、そこから約1時間程度車を走らせたところにワチェ慈善病院はあります。ザガインは元々修行僧の街とのことで、至るところにお寺があり、修行僧や尼さんが生活を共にしているのが印象的でした。のどかな田舎街のイラワジ川に沿った場所にワチェ慈善病院はあります。
今回はワチェミッションで出会った4歳の少女についてお話します。
4歳のミョーミョーちゃんは今回人工肛門の閉鎖術を目的に来院しました。生まれつき鎖肛(生まれつき肛門がなく、違う場所に開口している)の診断をされて人工肛門を造設後、肛門を形成する手術をした後、今回ワチェ病院で人工肛門を閉鎖する手術を実施しました。
カンボジアもそうですが、日本と違い人工肛門に対してのパウチ(人工肛門の周囲に直接貼り排泄物をためる袋)はここにはありません。それぞれの家族がガーゼや綿を人工肛門に直接当てて工夫をしながら排泄処理をします。
今日本では人工肛門造設後の患者さんは退院後公的な支援を受けることができますが、カンボジアやミャンマーでは退院後の支援はありません。そのため、貧しい中でも家族が工夫を凝らしながら彼女の人工肛門の管理をしてきました。
今回の手術で人工肛門を閉じ、周りの子と同じように自分自身で排泄処理ができれば、彼女も彼女の家族もさらに良い未来が歩めるその一心で、Japan Heartのミャンマーチームは手術を行いました。

ミャンマースタッフも一丸となって、手術~術後管理を実施しました。
開腹手術の術後管理は若手ナースにとっては初めての経験です。
事前にレクチャーを行い、先輩ナースからアドバイスをもらいながら、慎重に術後経過を見ていきます。体の水分のバランスや術後のバイタルサインの変化、小さな変化に気づきながら協力して昼夜問わず患者さんのケアをします。
若手ナースは、毎日たくさんのことを習得します。習得したことを忘れないように、すぐに実践に取り入れて、経験を踏まえ少しずつ成長しているようです。スポンジのように何事も謙虚に吸収する彼女・彼たちの姿は、私にも良い刺激を与えてくれました。

無事に手術を終えたミョーミョーちゃんは術後経過も異常なく、術後3日目には腸も動き出し、自分で歩く様子も見られました。最初はこわばっていた表情も、少しずつやわらかくなり、笑顔で手を合わせて感謝してくれたことは私にとってとても印象に残っています。
2025年に起きたミャンマー地震の爪痕がまだところどころ残っていたり、国の情勢の影響で、ミャンマーの患者さんたちは病院にたどり着くのに1日以上かけてくる人も中にはいます。夜間に移動することも難しいため、手術時間や日程も決められており、5日間のミッションは目まぐるしく過ぎていきました。そんな状況の中、治療にたどり着き無事手術ができた患者さんたちを診ると、医療のありがたみや、今まで自分が何気なくやっていた医療行為がこんなにも誰かにとっては、幸せなことでありがたいことなのだと実感しました。医療を通して人と関わる、このことを実際に体験し、やっぱり自分は看護師として患者さんと関わることが好きだと改めて感じることができたミッションでした。

限られた時間の中でも、たどり着いてくれた命に向き合うJapan Heart ミャンマーチームの活動と挑戦をこれからも見守りたいと思います。
メディカルチーム 看護師
冨田 瑠菜