お問合わせ・資料.請求

ジャパンハートとは

創設者挨拶

LanternMyanmar106.jpgのサムネイル画像

創設者 吉岡秀人のプロフィール

  • 1965年8月
    大阪府吹田市生まれ。大分大学医学部を卒業後、大阪、神奈川の救急病院で勤務
  • 1995年~1997年
    ミャンマーにて医療活動に従事
  • 1997年~2001年
    国立岡山病院勤務小児外科医師
  • 2001年~2003年3月
    川崎医科大学勤務小児外科講師
  • 2003年4月~現在
    再びミャンマーにて医療活動に従事
  • 2004年4月
    国際医療ボランティア団体ジャパンハート設立
  • 2017年6月
    特定非営利活動法人ジャパンハート最高顧問就任
  • 取材・講演会のご依頼はこちら

若い医師に手術をさせ始めるとあっという間に上手くなっていく。
このまま成長し続ければたいしたものになるだろうと思うことがよくある。
それは別に誰か特別に才能を感じさせる人間だけに限ったことではなくて、おおよそ目の前に現れる人間すべてに言える気がする。

日本人でもミャンマー人でもカンボジア人でもその差をあまり感じることはなく、その人の真面目さや医療にかける情熱に比例してその実力は与えられていく。
ところが、どうしたことか、日本にも海外にも若くしてその大物の片鱗を感じさせる程の医師に会うことは稀で、私自身の経験や印象とかなり違う現状になっている。
なぜなのか?

日本もミャンマーもカンボジアもまず若い医師に積極的に手術のチャンスを与えはしない。
ずっと見ているだけ、少し触らせてもらえるだけ、一年に数件執刀させてもらえるだけ。
これでは、才能など発揮されるはずがない。
どんな一流の野球選手でもバッターボックスに立たせてもらえなければヒットは打てるはずもない。
そして一流になることもなかった。

何もこれは手術やスポーツに限ったことではないのではないか?
私がはじめ、そしてここまでやってきた国際協力やジャパンハートという組織の内部でも起こっているのではないのか?
何もかも、もっと早く、もっと大きく成長したいと思っていた。が、思ったほどの成長を遂げてはいないのというのが正直は気持ちだ。
何がボトルネックになっているのだろうか?
そして、もっと社会的な利益を生み出すためには何ができるのだろうか?

私より若い世代は私より未来を見る目はないのだろうか?
誰にとってもより良い未来を生み出すためには、何を取り去り、改め、そして加えればいいのだろうか?

もしかしたら私は才能ある若い人間をバッターボックスに立たせていなかったかもしれない。
若い外科医の成長のように、立たせさえすれば自分自身がそうだったように同じように成長すると素直に信じていなかったのかもしれない。
未来は、その未来の姿を見たものにしか達成できない。
もしも、彼らをバッターボックスに立たせてみたら私が見ていた未来よりももっとすごい未来を見てくれるかもしれない。

そういう若者たちの予備軍もどんどん生み出していく必要もある。
人こそ未来なり、でそれを育てるのが自分の役目。それが10年後の組織の強化につながり、そして社会の利益は拡大していく。

きっとその役目は私しかできない。

特定非営利活動法人ジャパンハート 最高顧問/ファウンダー 吉岡秀人