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活動レポート

 

【宮城県気仙沼】 「支援」とは。 ~本吉での日々を振り返って~

2017.05.18

気仙沼市立本吉病院での半年間の研修が終わってしまいました。
アドバンスドナースの秋葉です。
 
活動レポートを書こう、とこの半年を振り返ってみましたが、「復興支援」と呼べるような大それた活動は何もできなかったな、というのが正直なところです。
 
そもそも「支援」とはなんでしょうか。

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ジャパンハートの研修を受けようと一歩を踏み出したとき、「私も誰かのために何かができる」ということを感じたいと思っていました。けれどこの1年半を通していつも痛感させられていることは、「こんなにも私は周りの人たちから与えられ支えられているのだ」ということでした。本吉でも、「そんな私にできることは何か」と、頭を抱えながら考え、誠実に患者さんや地域の人と関わろうと努めてきただけにすぎません。
 
本吉病院は病床数29床の地域密着型のアットホームな小さな病院です。入院病棟はワンフロア―。スタッフは長く勤めている人が多く、まるで親戚のようにお互いのことをよく理解していています。患者さんも顔なじみの人が多く、それぞれの看護師が患者さんの背景をよく把握していて、カルテなんかよりもたくさんの情報が詰まっていました。入院したらケアマネさんが患者さんの顔を見に訪ねてきたり、退院前には訪問看護師や施設の職員が訪ねてきていました。先生方に対する地域の人からの信頼も厚く、震災後に身体的・精神的な不調を訴えるお年寄りの心のよりどころになっていました。
 
震災後にたくさんの支援を受け入れた経緯があるためか、本吉病院は県外から来る人をとても自然に受け入れてくれます。私自身、初めの方こそとても緊張していましたが、あっという間に新参者であることも、ジャパンハートの看板も、意識しないと忘れてしまうくらいでした。地元で生まれ育った病院職員や地域の人たちが、支援に来た人たちと一緒に作ってきたこの6年間が、そんな病院の雰囲気を作り上げてきたんだと感じました。
 
 ジャパンハートの本吉での研修生は、病院から徒歩10分ほどにある小学校敷地内の仮設住宅で暮らしてきました。(取り壊しが決定したためこの4月に退去しました。)たくさんの番組やニュースで取り上げられているので、「仮設住宅」を知らない人はいないと思いますが、そこで暮らすということがどういうことか、みなさんは想像することができますか?私は理解しているつもりでしたが、実際に暮らすまで何もわかっていませんでした。「狭い」というだけではありません。あの簡易の建物が余震で揺れるとどれだけ怖いのか(いまでも余震は続いています。)、断熱材がなく壁の薄い建物で東北の冬を越すことがどれほど寒いのか(実際に窓が凍って開かなくなるというハプニングを経験しました)、 そしてここに6年間も暮らし続けるということがどれほどのストレスか、実際に暮らしてみてはじめて想像できることがたくさんありました。
 
海沿いは嵩上げ工事がまだまだ終わらず、市内の大通りは大型のトラックが引っ切り無しに通行しています。新しい道路が次々と出来上がっていますが、まだまだ復興途上です。けれど「あの日」の延長戦状に日常を積み上げ、「復興」も日常に溶け込みつつあるようでした。病院のお昼休憩のちょっとした会話の中やボランティアで仮設住宅にお邪魔したときに、6年間支援に通い続けている人たちや地元の居酒屋のおっちゃん、患者さんの面会に来るご家族、気仙沼で出会ったいろいろな人たちの、震災で一人一人が経験した抱えきれないくらいたくさんあるいくつかの出来事や想いにふっと触れさせてもらいました。
 
誰かを支えたいと努めても実際は多くの人に支えられるばかりで、何かを与えられる人になりたいと願うのに多くのものを与えられていることに気づかされます。
誰かの役に立ちたい、必要とされたいという思いは、多くの人が持っているものなのかもしれません。もし一歩が踏み出せずにいるならば、「支援」がしたい、特別なことがしたい、とどうか気負わないでみてください。東北に遊びに行き、そこでたくさんの人たちと出会い、いろいろな話を聞いてみてください。いつの間にか仲間ができて、居心地がよくなって、持ちつ持たれつ、支えられつつ支えつつ、そんな関係の輪をもっともっと広げていくことが東北のこれからには必要なのかなと感じました。
 
また会いたい人たちが増えました。大好きな場所ができました。それがとても幸せです。

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