特定非営利活動法人ジャパンハート

ミャンマー

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活動経緯

2004年5月

ミャンマーザガインワッチェ病院において、代表の吉岡秀人を含む日本人医師2人と日本人看護師2人、現地人スタッフ2人の計6人による医療活動をスタートしました。

病院のあるザガインはミャンマーでも特に仏教の盛んな土地。ザガインの丘にはいくつもの仏塔が立ち並び、その仏塔の中には戦死した日本兵の名前が刻まれたものもいくつかあります。
ジャパンハートの活動はミャンマーで戦死した日本人兵の遺族の思いが集まって始まりました。そして私たちはその亡くなった日本人兵の名前が刻まれた慰霊碑のある地で活動しています。終戦記念日のミャンマーは、日本同様、厳しい暑さに見舞われます。毎年日本からの慰霊団も高齢者が増え、ミャンマーに来ることすらままならず、ましてやザガインの丘を登ることは出来ません。
慰霊碑だけでなく歴史までも風化しつつありました。しかし私たちは、その歴史を忘れることのないよう終戦記念日には慰霊碑をまわり、花を手向けています。
そんなザガインの丘の麓にワッチェ病院はあり、活動開始当時2、3人のミャンマー人医師はいましたが、手術はほとんどしておらず、外部の現地人医師が週に数回行う程度でした。病棟は閑散としておりベッドで休んでいるのは入院患者ではなく、昼寝をする人たちでした。

私たちの活動が開始され、回復した患者が村に戻り新しい患者を連れてくるという流れが生まれました。
来院患者が増えるまでに時間はかかりませんでした。
患者の数も増えましたが、「ジャパンハートの活動を見たい」と現地を訪れる日本人の数も増えてきました。医療者関係者だけでなく、学生や一般の社会人まで様々です。こうして徐々に日本人の流れも生まれました。
ワッチェを訪れる人の数が増え、病院のまわりに人が集い、村にも活気が生まれます。
そして病院は徐々に拡大し、今ではほぼ満床状態が連日続いています。


2008年

ミャンマーにサイクロン・ナルギスが上陸。現地にいた私たちと現地人スタッフは協力し、被災地の状況を把握、物資の調達に動きました。日本では支援物資、義援金の協力を呼び掛け、被災地に物資を届け、そこで出会った患者に必要があれば、ワッチェ病院まで搬送し手術を行いました。親を亡くした孤児には生活面、教育面への支援も行いました。この支援は孤児が成人するまで続きます。そしてサイクロンによって受けた心的外傷(トラウマ)に対しても専門家を招聘し、精神面へのケアを行っています。


2010年5月~

医療分野でも保健分野でもない新しい事業をミャンマーで開始しました。視覚障害者自立支援活動と、エイズにより両親の命を奪われた孤児たちのための養育施設DremTrainの運営です。
現在も、ジャパンハートは医療支援に特化することなく、幅広い支援を行い、医療者以外の方々の活動参加も受け入れています。

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