
日本発の世界医療団が生み出されたと想像してみたらどうだろう。
日本人たちが、被災の国々に赴き、働いている姿を世界中の人たちが目撃する。
多くの日本の若者が不遇な状況の人たちのために国内外を問わず、当たり前に働く姿。その時私たちは、安心してこの国の未来を任せていいと思えるはずだ。
世の中の人たちはどう思っているかは分からないが、もう「日本の復活」はない。
いくらかつてのような栄華を望んでも、無理なものは無理だと思う。
墜落の急降下を始めた”日本国”という航空機の軌道を、今の政治家の腕前で立て直すのは不可能だと思う。
日本国内に、この国を変えうるアイデアは既にない。
日々の陰惨な出来事が、新聞紙面を埋め尽くす。
いつも外圧によって変えられてきた国だ。自ら変えられない。
自ら変えられないということは、この国にある残すべきものと残さざるべきものを、自らの意志で決められないということでもある。
戦後のこの数十年が、それを証明している。
気がつけば、金満で、無味、無臭のこの国は、糖尿病や心臓病で冒された人体よろしく、瀕死の病床にある。
いかなる薬も既に使い切った感がある。
もうだめかもしれない。
しかし、、、
まだ使っていない特効薬がある。
日本に残されたたったひとつで最後の”希望”。
それを使えば何かが残るかもしれない。
この瀕死の肉体が、再び健康を取り戻し、今度こそ正しく生きられるかもしれない。
もし朽ち果てても、無残な残骸の中からきっと、未来を生み出す新しい芽が生まれるに違いない。
長い歴史の中で、それに気付かず、たとえ気付いても上手くそれを使えなかった。日本に残されたまだ使っていない最後の特効薬。
それは日本の「女性の力」。
日本という国の母性を世界に向かって解放しよう。
それを今こそ世界に示そう。
傷つき、倒れる人がいたら、国籍・人種・宗教などの違いに目もくれずに、助けに行こう。
「若い力」が建設的に世のために使われた時、この国は灰燼の中から蘇る。
きっと!
ジャパンハートは、単なる慈善の団体ではない。
世界の「医」と「救い」を求める人々と、自らの国の未来を共に豊かにする人々と、双方向性の活動を行う組織だ。
今、日本の力を結集する。

プロフィール
- 1965年8月、大阪府吹田市生まれ。
- 大分大学医学部を卒業後、大阪、神奈川の救急病院で勤務。
- 1995年〜1997年
- ミャンマーにて医療活動に従事。
- 1997年〜2001年
- 国立岡山病院勤務小児外科医師
- 2001年〜2003年3月
- 川崎医科大学勤務小児外科講師
- 2003年4月〜現在
- 再びミャンマーにて医療活動に従事
- 2004年4月
- 国際医療奉仕団ジャパンハート設立


